んなアホな!

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2005年 09月 08日

無邪気な犯罪? 幼児性お遊び症候群

消火剤事件で18歳少年逮捕 15歳少女も事情聴取(産経新聞)
>  神奈川県藤沢市で7日、軽ワゴン車から消火剤がまかれ、市立高倉中の生徒6
> 6人が軽症となった事件で、神奈川県警は8日、傷害容疑で同校3年の女子生徒
> (15)の事情聴取を始めた。

>  女子生徒は「消火剤をまいて遊ぼうと思った。中学生がいたのでかけた」と話して
> いる。同校によると、少女は3年になり、登校回数が減っていたという。

消火剤をまいて遊ぼうと思った」って・・・ (+_+;

ふぅ~ん、いいなぁ、後先考えずに遊べて。
はは・・・でも、これ、ただのイタズラでは済まないっすよ。
このご時世、場所が場所ならテロ犯になりかねないもんな。
昔なら、こんなコトしたら親に半殺しの目に遭うくらいメチャクチャ怒られてたと思うんだけど、誰か責任持って怒る奴いないのか?
なーんかこの娘、たいした反省も無くいつものように朝を迎えハッピーな毎日を過ごしてそうな予感。

それと、「中学生がいたのでかけた」って・・・ (i_i;

そこに中学生がいました  だ・か・ら  消化剤をかけましたぁ マル
そのワケの分からない理屈、いろいろ応用ききそうだ。

   通行人がいたので刺した
   子供がいたので誘拐した
   戦争を美化している教科書があるらしいので反対運動に参加した
   世の中が間違っているので要人を暗殺した
   憲法9条を改正したので他国を侵略した


それから、こんなニュースも。

娘の足に落書き「ざんねん」 虐待で起訴の父(産経新聞)
>  群馬県渋川市で先月、生後26日の二女を虐待し意識不明の重体にさせたとして
> 父親が傷害容疑で逮捕された事件で、父親が二女の左足に油性マーカーで「波田
> 陽区ざんねん」と落書きしていたことが7日、前橋地検などの調べで分かった。

>  県警などによると、虐待の動機は「遊び感覚」(捜査幹部)だったらしい。

こんなトコで名前を出された波田陽区はエラい迷惑だけど、まさか波田陽区の芸が事件を助長させた、な~んて言うアホおらんやろなぁ。(笑

しかし・・・最初の消化剤娘といい、この油性マーカーバカッ親といい、どうやら日本は年中いたる所でお花畑が満開なようですねっ!
あぁ幸せ(ハァト

こんな、遊びと犯罪の区別がつかないような奴は、ムショじゃなくて再教育センターにでも入れて人格を矯正してもらったほうがいいかもね。
あぁ、そういう分野は中国とか北朝鮮がお得意のようだから、このさい近隣諸国に面倒見てもらいますか。
案外、喜んで受け入れてもらえるかも。
ただし、何色に染まって帰ってくるかは知らないけど・・・



(最後は冗談ですよぉ~、本気にしないでねぇ)
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by k_milliard | 2005-09-08 15:22 | ニュース | Trackback(1) | Comments(4)
2005年 09月 08日

沈静化を図る北朝鮮の攻勢

埋没する拉致問題=家族に危機感-横田夫妻ら応援に奔走【05衆院選】(Yahoo!ニュース 時事通信)
>  郵政民営化、年金、政権選択…。本格的な論戦が始まった衆院選で、北朝鮮による拉致問題は
> ほとんど話題に上らない。外交交渉は途絶え、拉致被害者の家族会が求める経済制裁も実現の
> 見通しが立たない。「どれだけの国会議員が自分の問題として考えているのか」。家族らは危機感
> を募らせている。

>  家族会は特定候補の応援はしないが、拉致問題に積極的に取り組んできた超党派の拉致議連
> 役員については、メンバーが個人で応援している。

>  早紀江さんは「本当に大事な問題なのに、多くの候補者が拉致問題に触れないのが不思議でな
> らない」と話した。

珍しく2ちゃんねるを覗いてみると、横田さんたち家族会の方が拉致議連の候補者の応援をしていることに対して批判的な板が立ってました。
まぁ、2ちゃんねるに書かれていることでいちいち反応しててもしょうがないので気にしてませんでしたが、ここ数日、同様に批判的な意見のブログをチラホラと散見しました。
「釣り」や「工作員」の可能性も含めていろいろ考えましたが、家族会の方々に冷ややかな態度が日本の大勢を占めていると思われてはいけないので、書かせてもらいます。

本来であれば、国民の代表者である全ての国会議員が、国の存亡に関わる重大案件である「北朝鮮による拉致事件」を真剣に討議すべきでしょう。
しかし、残念ながらこの問題に熱心に取り組んでいる議員は一握りです。
被害に遭われているご家族にしてみれば、少しでも親身になって国政の場で取り上げ発言してくれる人に当選してもらいたいと思うのは当然です。
いや、ご家族が候補者の応援演説として高台に上がりマイクを持たなければいけない状況にした国、及びその主権者たる国民こそ批判されるべきでしょう。
それなのに、横田さんが信頼している候補者の応援をすると、どうして批判されてしまうのか?
私だったら、そんな国や国民に絶望してますよ。
批判的な人の立場に立って考えてみましたけど、どうやってもその心情は私には理解できないです。

今回の選挙にしても、行財政改革を争点にするのはいいけど、拉致事件に触れている人は僅か。
国会議員がその程度ってことは、国民もその程度ってことですか?
これは、多くの人にとって拉致事件はどこか遠い世界の「可哀想な話」でしかない、という現状を表しているのでしょうか?

郵政民営化法案を通そうとしている小泉政権を優位にするために米国が巨額の広告費を投入したという話がありましたが、拉致事件においては北朝鮮からある程度の工作資金と要員が投入されているのでしょう。
横田さんに限らず、最近特に家族会へのバッシングが目立つように思えます。
そんな北朝鮮の工作活動に惑わされてはいけません。
家族会が孤立しない世論を作り、国政に反映させていく、そんな選挙にしたいです。
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by k_milliard | 2005-09-08 10:50 | 拉致事件関連 | Trackback(1) | Comments(8)
2005年 09月 07日

運動員、いろいろ

選挙戦もそろそろ終盤、誰に又どの政党に投票するのか、もう決めましたか?
私は、比例区は決めてますけど選挙区が悩ましいです。
前日まで悩むかもしれません。

さて、皆さんの地元でもそうだと思いますが、私の地元でも通勤の最寄駅で各候補・各政党が演説やビラ配りをしています。
その駅前での攻防を、各政党の運動員について見た印象だけでまとめてみます。

まずJ民党。
運動員のほとんどが若い男性で、まるで町の青年団かどこかの団体の青年部が動員されているような感じ。
動きも機敏で、一番活発な印象。

K明党は、たまたまかもしれませんが、まだ駅前では見てません。
ひょっとしたら目立たない形でJ民党の応援をしているのでしょうか?

次にM主党。
J民党よりも年齢層が少し上がり、一番ノーマルというか普通。
元気さではJ民党にも引けを取らない感じ。

そしてK産党。
明らかに年配の女性が多い。
中学校の教師みたいな公務員的雰囲気の男性の姿も。
元気はある。
ビラ配りに関しては最も要員数が多く、通勤客一人残らず配ったるという意気込み十分。

最後にS民党。
どこかの労働争議かデモやストの訴えかと間違えるような風貌の運動員ばかり。
近づいてようやくS民党の運動員と判明。
他の政党の運動員は「お願いします」って感じでビラを配ってるのに、ここだけちょっと威圧的な態度。
一応ビラはもらっといたけど。
そうそう、教科書採択の時に見た活動家もあんな感じだった。
一番印象悪い。


以上、あくまで私の地元での、しかも見た目だけの印象ですので、悪しからず。
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by k_milliard | 2005-09-07 09:52 | 寸評 | Trackback(1) | Comments(7)
2005年 09月 05日

老兵は静かに去るのみ

投票1週間前の日曜日、自宅の近くを選挙カーが何度も通りました。
走行しながらの訴えなので、政策とか細かいところまで全部を聞き取ることは出来ません。
ただ、スピーカーを通しているとはいえ、声だけでも各候補者の意気込みとか気迫は伝わってきました。

選挙カーの声だけで感じたことを言うと、J民党とK産党の候補者は新人なせいかあまり余裕が無いというか、必死な割に印象に残りにくい感じでした。
それに引き換え、M主党は連続当選しているせいか言い回しにも余裕があり、他の候補者に比べて印象に残りました。
なぜか私の地域にはM主党の選挙カーがよく来ていたので、その影響もあるでしょう。
ところが、この日一番印象に残ったのはM主党ではありませんでした。
突然、妙にハッキリと聞こえてきた演説の声・・・
声質からして、先の候補者の誰でもない・・・
私の地元の選挙区からは3人しか出馬していないのに、それ以外の誰だというか・・・と思っていると、それはS民党元党首のD氏でした。
まだ遠くだと言うのに、その突き抜けるような声が頭に刺さった。
そうか、比例区があったか。
次第に近づくD氏の声。
テレビで御馴染みのあの声は、遠くまで実によく通る。
最も近くを通り抜けた時の訴える声には、他の候補者の誰よりも迫力があった。
いや、他の追随を許さないとはこのことだろう。
D氏は比例区のみの出馬で広範囲に訴える必要があるからだろうが、選挙カーの走る速度は速く、我が市を南北に駆け抜けるように縦断し去って行った。
時間としては僅かだったが、一番インパクトがあった。
しかし、その迫力からは「これが最後の選挙」という悲壮な思いを強く感じた。
声は正直だ。
たしかに、D氏にとってこれが最後の選挙になるのは間違いないだろう。

S民党もD氏も全く支持してないけど、老兵の最後だけは看取った・・・そんな気がした。
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by k_milliard | 2005-09-05 15:26 | 寸評 | Trackback | Comments(10)
2005年 09月 05日

しっかりしてくれ、アメリカ!

ハリケーンによる死者「数千人」 米閣僚が初言及(産経新聞)
>  AP通信によると、レビット米厚生長官は4日、超大型ハリケーン「カトリーナ」によ
> る犠牲者が「数千人に上ると思う」との見方を示した。

警官や消防士が自殺 精神的ショックでと市長(産経新聞)
>  超大型ハリケーン「カトリーナ」に襲われた米ルイジアナ州ニューオーリンズのネ
> ーギン市長は4日、米CNNテレビに対し、被災者の救助に当たる警官や消防士が
> 精神的ショックを受け、「2、3人が自殺した」ことを明らかにした。
>
>  4日付の米紙ニューヨーク・タイムズも仕事のストレスなどから地元の警官約200
> 人が職場放棄したと伝えており、略奪の横行など治安悪化を含め、ハリケーン被害
> の悲惨さをあらためて浮き彫りにした形だ。

これが本当のアメリカの姿なのか?

ハリケーンは自然災害だから予測がつかない事態もあっただろうけど、それにしても連邦政府の事後処理がお粗末すぎる。
被害が予測を超えたモノだったことを割り引いたとしても、この混乱ぶりは一体なんなんだ?
日本の台風と同じく毎年アメリカはハリケーンの被害に晒されていたはずで、防災意識とか危機管理が無かったとは思えない。
必ず比較されると思うけど、9.11の時の対応とは雲泥の差だろう。

それと、連邦政府の対応のマズさもさることながら、現場の警官が職務を放棄したというのは、にわかには信じがたい話だ。
私が知るアメリカ人のイメージは、自分の仕事に関しては誇りを持ち最後まで職務を遂行する、そう思っていた。
特に、9.11では犠牲となった消防士の活躍が美談とされ、まさしくあれが「アメリカン・スピリッツ」だと私なりにアメリカ人そのものを評価していた。
それなのに、いくら悲惨な現場とはいえ、アメリカ人たるものが、ましてや警察官たるものが職場を放棄する?
これが本当のアメリカの姿なのか?
国外に対しては強いアメリカも、国内の実体はこれほどにも脆かったというのか?
しっかりしてくれ、アメリカ!
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by k_milliard | 2005-09-05 13:23 | ニュース | Trackback(2) | Comments(8)
2005年 09月 03日

食卓の思い出

最近頂いたコメントで韓国の食べ物のことが話題になりましたので、食べ物に関する私の思い出を少しまとめてみました。

私の日常の食生活は、きっと皆さんとそう変わらないと思います。
朝と夜は妻が作ってくれる料理を食べ、昼は職場近くの牛丼チェーン店とかカレー屋さんに入ったり安売りの弁当なんかを食べてます。
ありふれた都市生活型「リーマン」的な食生活を送っていると思います。
ですので、普段は韓国料理を食べる機会はありません。

私が小さかった頃の我が家の夕食風景を思い出してみます。
食卓には、父の好みの料理が並んでいました。
父が一番好んだのは、サンチェという葉っぱにご飯とオカズを一緒に包んで食べるものでした。
まず、片手に広げたサンチェの上にご飯をのせます。
次に、辛い味噌をご飯に塗るようにのせ、それから肉や野菜などのオカズをのせます。
それをサンチェで上手に包み、パクッと食べる。
「こうやって食べると食あたりせぇへんのや」・・・父からは何度も聞かされました。
私も時々食べましたが、こうやって食べるとたしかに美味しいし、食欲がわかないときでもたくさん食べることが出来ます。

ちなみに、父が食事で使う食器は、いったい何十年使っているのか分からないほど愛用していた銀の食器です。
お椀と皿とサジと箸。
韓国の基本的な食事作法として、ご飯と汁物はサジを使いオカズは箸を使って食べます。

あと、ご飯とオカズを一緒にした混ぜご飯、クッパも父は好きでした。
父の夕食は、このどちらかになることが多かったです。
それと、母手製のキムチがいつも食卓にありました。
韓国料理といえばニンニクがよく使われますが、当たり前のように父は毎日ニンニクを摂っていたので、父の体臭はほとんどニンニクの匂いでした。
それが普通のことだったので、別に臭いとか思わなかったです。
それが父の匂いだと。

母も父と同じものを食べていました。
で、私はというと、子供用の別メニューになることが多かったです。
たま~に私も同じものを食べてたんですけど、これが・・・ちょっとしたトラウマになってまして・・・。
ご存知の通り韓国料理には辛いものが多く、父と母が食べるクッパなんか真っ赤だったりするワケです。
ところが、母がいい加減というか無頓着というか、大人が食べる辛さのまんま食べさせたことが何度もありました。
せっかく母が作ってくれたものだからと、口から火が出そうなのを我慢して文句も言わずに全部食べましたよ。
そのせいで私は辛いものが苦手になりました。
今でも極力味付けは薄いものを好みます。
辛いものを食べたいなと思うようになったのは、30歳を過ぎてからですね。
キムチも、小さい頃はあまり食べなかったです。
どちらかと言えば嫌いだったかな。
さすがにこれは母も心配したのか、辛さを抑えた私用のキムチを時々作ってくれました。
大人になってからですね、母が作ってくれるキムチを美味しいと思うようになったのは。
市販のキムチや焼肉店のキムチにも美味しいものもありますが、母のキムチが私には合っているようです。

あと、母のキムチ以外で好きな韓国料理が少しだけあります。
一つは、トック。
楕円形のモチッとしたトックを、肉やネギと一緒にスープにして食べます。
毎週というほどでもないですけど、これを時々食べてました。
もう一つは、鶏のスープ。
これは、ただ単に鶏の手羽先を煮込み、塩で味付けしただけのスープです。
頻度としては、こっちのほうが多かったかな。
これは作るのが簡単なので今でも自分で作ることがあります。
疲れているときにこれを食べると、不思議と元気になったような気がします。
妻に勧めると鶏臭いのが嫌だと言うので、生姜を多めに入れて煮込み、臭みを抑えるようにしてます。

それと、家の食事とは関係ないですが、時々母のところに近所の人が来て、辛い味噌をおすそ分けしていたことも思い出します。
その人は普通の日本の方でしたが、辛い味噌が好きだったんでしょう。
私も小さかったのでよく分かりませんが、当時私たちが住んでいた長屋の付近に在日韓国人の家庭は他に無かったと思うので、そこでは比較的珍しい存在だったのかもしれません。
ですが、特に私たちが差別されるようなこともなく、むしろ調味料を近所におすそ分けするくらいに仲良くやっていました。
これは、父と母の性格によるところが大きかったと思います。
両親は結婚して暫くの間、各地の現場を転々としていた経験があり、父はツルハシで土を掘り母は飯場で大量の食事を作る、そんな生活を何年もしていたので、何処に行ってもその地に順応するような能力に長けていたんだと思います。

また、ずっとそういう生活をしていたこともあり、父は大食漢の大酒飲み・・・だったらしいです。
らしいというのは、私は体調を崩して酒をひかえるようになった父しか知らないので。
父が若い頃は毎日仲間と酒を酌み交わし、一晩で焼酎の一升瓶を空けるようなことが珍しくなかったそうです。
それにまつわる武勇伝?笑い話?も数々あり、晩年に親戚が来るといつも当時の話で盛り上がっていました。


私の韓国料理の思い出というと、こんなもんでしょうか。
私が大人になってから、焼肉が韓国料理の一つのような扱いを受けているのを初めて知り、最初は嘘だろうと思ってました。
だって、貧しかった我が家で焼肉なんか滅多に食べること無かったですから。
もし焼肉が韓国料理だというのなら、それは宮廷とか両班のような一部の裕福な人達だけのものだったと思います。
その他大勢の貧しい家庭で豪勢な焼肉が食えるわけがない。
「本場の焼肉」とか言われても、とても焼肉が韓国の一般庶民の家庭料理だったとは思えません。
今でも、焼肉屋さんでカルビを食べるときなんか、「これが韓国料理ねぇ・・・」と、半信半疑だったりします。
だから焼肉屋さんでは焼肉そのものよりも、鶏のスープに親しみを感じますね。
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by k_milliard | 2005-09-03 02:14 | 自分のコト | Trackback(3) | Comments(13)