んなアホな!

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2004年 04月 16日

無事でなにより

人質が無事開放されて良かったですね。

今まで控えてましたが、無事開放されたので被害者および被害者の家族に関して思ったコトを書きます。

被害者3人の家族が東京に集まった後のことだったと思います。
会見の席で、人質になった家族の救出を訴えている映像がニュースなどで放送されていました。
あれを観て、
「これは、誰に向かって言っているんだろう?」
と、素朴に疑問に思いました。
だって、救出活動の基本は政府が担っているはずで、救出をお願いするのであれば政府関係者にするだけでいいのに、と思いました。
日本国民に訴えているのだとしたら、我々にどうして欲しいということなのか、と。
政府に対して「犯行グループの要求に応じて欲しい」ということを署名活動とか電話やメールで言えばいいのか。
だとしても、やはり結局は政府にお願いすることになるし。
あるいは、イラクの人に向かってなんらかのアクションを起こして欲しい、ということなのか。
だとしたら、それは政府と合意してやっていたのだろうか?
それが正しいことだとしても、政府の救出活動の妨げになるかもしれないので、協調して行うべきだろう。

いや、家族の救出を訴えるのが悪いと言ってるのではなくて、今までに無い違和感を感じたので。

それと、開放されたあとの映像を観てあらためて思ったんだけど、18歳の彼、まだまだ子供じゃないですか。
ダメですよ、子供をあんなトコにやっちゃ。
どうして周りは止めなかったんですかね?
NGOの活動がどうしてもやりたいのなら、3年なり5年なり社会人として経験を積んで、大人になってからでもいいと思うんですけど。
そして、あのような危険な場所に行くのであれば、家族をちゃんと説得して、納得させて行くべきでしょう。
もし不幸にして亡くなっていたら、こんな親不孝ないですよ。
人の心配する前に、自分の家族を不幸にしないことも考えてあげたら、と思いますよ。
これは彼だけではなく、3人に言えることですけどね。
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by k_milliard | 2004-04-16 10:31 | 寸評 | Trackback(3) | Comments(0)
2004年 04月 15日

手段を選ばない人達

テロとはなにかを私なりに考えている。

その前に、暴力に対する私の考え方を述べる必要がある。
私は、人間の暴力性の全てを否定はしない。
暴力がいけないコトなのは分かっているが、本能として誰でも持っているものだと思うし、それが人間らしさでもあると思う。
その暴力を理性でどれだけ抑えられるのか、が課題であると思う。

安易に暴力で問題を解決するのはダメだ。
しかし、暴力の中でも私が唯一認めてもよいと考えるのは、防御の場合だけである。
仮に、路上で暴漢に襲われたとしよう。
逃げれば済むのであれば逃げる。
だが、追い込まれて逃げられない状況にあるならば、これは力で対決せざるをえない。
また、その暴漢が小さな子供を襲っている場面に遭遇したとしたら?
これもまた、子供を助けるために力づくで止めなくてはいけない。

要するに、不当な暴力に対抗するために必要な暴力もある、と思う。
そのために護身用の道具などの備えが必要な場合もあろう。
これはその場の状況に応じて臨機応変に対処すべきだ。

さて、テロについてだが、テロは不当な暴力で問題を解決しようとする手段、と一応定義しておく。
従って、テロは悪い。
しかし、今のイラクのように、状況によっては心情的に同情できる場合もある。
自分の家族が突然の爆撃で死んでしまったとする。
復讐心にかられて報復活動に参加。
結果的にテロリストになってしまう。
このような場合、暴力で訴えにでるのは悪いコトではあるが、気持ちは分かる。
私だってそうするかもしれない。
一方、自分の考えと違う人や組織があったとして、それを暴力で排除しようとする人達がいる。
この人達のコトは、私には理解できない。
かつては日本でも企業テロとか赤軍、オウムなどが数々の犯罪を犯してきた。
一般人を巻き添えにするコトに、どれだけの意味があるのだろうか?
彼らの主張は、何回聞いても理解できない。

一口にテロといっても、大きくは前者と後者の2つがあるのではないか、と私は思っている。
つまり、非常手段としてテロを選ぶのか、常套手段としてテロを選ぶのか。
どちらも悪いコトではあるけれども、前者には同情してしまう。
後者の場合、最初っからテロをしようと決めていると思うし、目的のためなら手段を選ばない連中だ。

どんなに奇麗事を並べたとしても、目的のためなら最初から手段を選ばない人であれば、私は支持できない。

テロリストとまでは言わないが、手段を選ばない人達がいる。
どうか、自分達の主張と行動に矛盾がないか、自問自答して頂きたいと願う。
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by k_milliard | 2004-04-15 13:38 | 寸評 | Trackback | Comments(0)
2004年 04月 14日

馬場さんの先輩

昨日のはねトび、ゲストは風間杜夫さんでした。

私が一番好きな馬場さんのコントでの怪演、お見事でした。
役者の凄み、みたいなものを感じました。
すごく本人が楽しそうで、生き生きとしてたのが良かったです。
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by k_milliard | 2004-04-14 09:40 | テレビ | Trackback | Comments(0)
2004年 04月 13日

便乗要求

イラク日本人人質事件について

ここ数日、人質を救出するためには自衛隊の撤退しかないかのような論調が目立つ。
そのためのデモや署名活動も行われているらしい。

はたして、犯人側の要求をのむしか救出する方法はないのだろうか?
そんなコトはない。
交渉とか説得で救出する方法もあるのは明白のはずだ。
では、どうしてこのような論調が目立つのだろうか。

私は今回のやり方で自衛隊をイラクに派兵したコトには反対だ。
しかし、だからといって犯人の要求に従い自衛隊を撤退させるコトは間違っていると思う。
自衛隊派兵の理由の一つとして、「テロに屈してはいけないから」と言われたが、あれは方便だったと思う。
だが、今回のような事態こそ「屈してはいけない」のではないか。
これは今回のコトだけではない。
対北朝鮮外交を始めとして、不当な暴力に屈しないという日本の意思表示でもある。
この態度こそ、犯罪やテロの最大の抑止になると思う。

「尊い人命のために犯人の要求をのむべき」という意見もある。
たしかに、今回の人質だけをみればそう言えるのかもしれない。
しかし、犯人の要求が通ったからといって人質が開放される保証などどこにもない。
まさか、自国の政府は信用できないが犯罪者の言うコトは信用できる、とでも言いたいのだろうか。

犯人の要求が通り、人質も無事開放されたとしよう。
しかし、今後、第2第3の同様の事件が起きる可能性が高くなる。
つまり、日本人を誘拐すれば要求が通る、と思われてしまえば、これほど犯罪者にとって都合の良い話はないからだ。
というコトは、日本人が今以上に危険な目に合う確率が高くなってしまう。
「人命を尊重する」はずの手段が、逆に日本人を危険な状態に追い込んでしまう。
日本人全体のコトを考えるなら犯人の要求に従うのは危険であり、「人命尊重」の観点からもやってはいけない行為と言える。

従って、人質事件をもって自衛隊撤退、と私は言わない。
これは、便乗値上げならぬ便乗要求にすぎない。
誰かに論点を摩り替えられたか、のせられているのではないか。
そもそも、現状のように「犯人の要求に応じろ」と国内で意見が割れる、この状況こそ犯人側の狙いのような気がする。
そう考えると、国内の反政府組織が「便乗」して自衛隊撤退運動を盛り上げているのではないか、と推測してしまう。
そうではないコトを願うが、どうだろか。

また、被害者の家族がこのような発言をするのであれば、分からなくはない。
だが、著名人や有名人など、ある程度発言力のある人がこのような主張をするのはどうかしている。
私は、誰がどのような発言をしているのかをつぶさに観察している。
共産党や社民党の代表は、犯人の要求をのむべきだと考えているようだ。
だから彼らはダメなんだ。
出来ない相談なのに、被害者の家族に淡い期待を抱かせるようなマネをして。
無責任な発言は謹んでもらいたい。
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by k_milliard | 2004-04-13 16:16 | 寸評 | Trackback | Comments(0)
2004年 04月 12日

国民の責任

イラク日本人人質事件について

私はイラクへの派兵に反対だし、派兵さえしなければ今回の人質事件も発生しなかっただろうと思う。
しかし、
「日本政府は人質事件の責任をとれ」
という強硬な主張はおかしい、と思う。

いや、国に責任が全くないとは思わない。
そうではなく、国に責任問題を問うその言い方が他人事のように聞こえるのがおかしいと思うのだ。
なぜなら、言うまでもなく現政権は昨年秋の衆議院総選挙の結果を受けて成立している。
選挙前から小泉首相は、

・イラクに侵攻したアメリカへの支持
・イラクへの自衛隊の派遣(派兵)

を明確に言っていた。
つまり、有権者の皆さんが現政権を支持したのであり、イラク派兵も支持した。
世論は二つに割れて支持派と反対派がいたが、結果として日本人の総意として与党を支持してしまったのだ。
その事実がある。
なにも、小泉政権は独断でイラク派兵を決めたのではない。
あくまで民主主義のルールに則って行われたにすぎない。

だから、イラク派兵について責任うんぬん言うのであれば、その責任は国にもあるし日本国籍の有権者全員に等しく圧し掛かる問題のはずである。

日本人は、合法的に戦争を避けられたかもしれない最後のチャンスをフイにしてしまったのだ。
仮に民主党が政権を取っていたとしても、イラク派兵は避けられなかったかもしれない。
しかし、反対派の意思表示は明確に打ち出せていたはずだ。

それと、今回の人質事件であるが、これは事前に十分避けるコトが出来た事件であろう。
スペインの無差別列車爆破テロのように、平穏な生活の中に突然訪れたテロとは違うのだ。
つまり、イラク派兵を原因として日本へのテロは必然かもしれないが、今回の事件は防げたはずなので、これをもって政府批判を強くしすぎるのはおかしいと思う。
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by k_milliard | 2004-04-12 15:12 | 寸評 | Trackback | Comments(0)
2004年 04月 12日

いやな空気

イラク日本人人質事件について

自衛隊がイラクに派兵されてから気になっていたコトがある。
それは、メディアや報道の空気とでもいうべきか。
自衛隊の派兵以降、いつ日本人が狙われるのか分からない状況になった。
それに伴い、ニュースなどでは現地の状況を伝えてくれていた。
それはいい。
私が気になるのは、いつ日本人に被害がでるのか?みたいな、それを待っているかのような雰囲気を感じたコトだ。

それを今回の事件でハッキリ感じた。
いくつかの新聞やメディア、名前は伏せようかと思ったが、特に悪質だと思ったのであえて言おう。
日刊ゲンダイ
もう、拘束されている3人の死が確実かのような見出し。
的外れとも思える政府批判には目をつぶろう。元々あんな新聞なんだから。
しかし、被害者の家族も読むかもしれないのに、あの書き方には憤りを感じた。
むか~し買ったコトがあったけど、今後絶対にあんな新聞買わない。
人権派の市民団体も、救出を訴える活動をするくらいなら、これらメディアへの不買運動こそしてはどうか。

売るためなら手段を選ばないような姿勢こそ批判されるべきである。

このようなケースも含めて、ショキングな映像はまだかまだか、みたいな空気がいやだ。
まさか、日本人に被害がでるのをみんな楽しみにしているのか?
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by k_milliard | 2004-04-12 09:56 | 寸評 | Trackback | Comments(0)
2004年 04月 08日

サムライの生き様

最近、どうにも解せないコトがひとつある。

アカデミー賞の受賞式に向けて、映画「ラスト サムライ」が注目を集めていた。
私はこの映画を観ていないが、ワイドショーなどでは、観た人の反応が放送されていた。
一様に、感動したという感じのコメントが多く、中には泣いている人すらいた。
彼らのコメントから受けた印象としては、この映画で描かれているサムライの生き様に感動したと思われる。
なにぶん映画自体を観ていないので正確なコトは言えないけれど、古き良き時代の日本の姿に魅せられたのだろう。
それがサムライであった。
私個人の解釈として、サムライとは信念に基づき行動する人であり、そのためなら例え負け戦でも命がけで戦う人のコト、及びその生き様のコトだと思う。
サッカーの中田がイタリアのペルージャに移籍した際、現地で「日本のサムライ」と言われたのは、海外でもサムライがある程度認知されていて、ただの人殺しではなく「孤高の戦士」といった印象でその精神性が受け入れられていた証明でもあったと思う。
そのサムライが映画をきっかけに話題になった。
それは単に映画に感動したというだけでなく、映画を通じて「日本人には本来このような誇るべき価値観があった。」というコトを再認識させられた、だから、より感動したというコトも言えると思う。

で、解せないコトなのだが、この「ラスト サムライ」の人気に見られた「日本人の美意識の再認識」とでもいうべき気運が、イラク派兵論議に結びついていない、というコトなのだ。
押し込み強盗のように他国に攻め込んだアメリカに対して何も言わずに追随しているのが今の日本の現状だ。
日本がサムライだったら、そんなコトはしないと思うのだが。
今の日本に信念はない。
明石家さんまがよく言う「生きてるだけで丸儲け」みたいな態度しか感じられない。
たしかに、死んでしまっては元も子もないが、だからといって黙って悪党の片棒を担ぐようなマネはどうかと思う。

テレビの報道番組とか討論番組を観ても、せいぜい野党が派兵に反対したり問題を指摘するぐらいで、必ず最後は派兵賛成派の人が優勢のまま議論が終わる。
しかも、最近は賛成派のテンションが高く、ハマコーみたいに激高する人が多くなった。
あの議論の中に「ラスト サムライ」に感化されたような人がいて、
「国益を損なってでも、恨みを買うような派兵の仕方は止めたほうがいい。」
ぐらいのコトを言う人がいてもいいのに、と思う。
言えたとしても、国益の話になると皆黙ってしまう。
あるいは、そのような意見を言う人がいても、放送の段階でカットされているのだろうか?
サムライの生き様を視点に番組作りを考えた場合、イラク派兵論議の構成は明らかにおかしい。
一方で映画をきっかけにサムライを称え、もう一方でサムライ的な思考を無視する。
放送局は、都合よくサムライを利用しないでもらいたい。

あらためて、映画を観て感動した人に問いたい。
「あの感動はなんだったのか?」と。
流された感動の涙はどこへ行ってしまったのだろうか。
あれは感動しただけ、ちょっと泣きたかっただけ、の一過性のブームにすぎなかったというのか。
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by k_milliard | 2004-04-08 13:55 | 寸評 | Trackback | Comments(0)
2004年 04月 06日

日本人の覚悟

日本が自衛隊をイラクに派遣した。
実態は、日本軍の派兵である。
これをもって日本の戦後は終わり、新しい時代の戦争に突入した。
田原総一郎も朝ナマでそう言っていた。
つまり、私たちは既に戦中の人間になってしまったのだ。
もう「戦争を知らない子供たち」というフォークソングは過去のモノになってしまった。

日本がこの道を選択した原因の分析や為政者の批判はここでは述べない。
ただ私が思うのは、日本人としての覚悟のコトである。

個人のレベルでは派兵に賛成・反対、いろんな意見がある。
しかし、他国から日本を見たトキに、イラクへの派兵は日本人の総意として行われた、と思われて当然である。
従って、日本人が国際化とか異文化コミュニケーションとか言うのであれば、
「今、我々は戦争に参加しているんだ。」
という自覚が必要ではないか。
嫌でも仕方なくでも、理由なんか関係ない。

綺麗な服を着て美味しいモノを食べて、
「年金なんか払わなくてもいいや」
などと気楽に毎日を過ごせていたとしても、イラクで人が死んだニュースをテレビで見て、
「戦争なんか止めたらいいのに」
と言ったところで白々しいだけだ。
他国の人から笑われてしまう。
そんな主体性の無い人は信頼も尊敬もされないだろう。

国の責任、為政者の責任はある。
だが、それだけを言っていてもダメだろう。
個人のレベルでも覚悟が必要だし、責任もある。
だって、日本の主権は国民にあるんだから。

とにかく、イラクへの派兵をきっかけに、これまで日本に好意をもってくれていた国や地域の人から信頼されなくなるかもしれない。
そのことだけでも覚悟しておいたほうがいい、と私は思う。
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by k_milliard | 2004-04-06 14:56 | 寸評 | Trackback | Comments(0)
2004年 04月 05日

子供の健やかな成長

先週末、大阪府高槻市の公園で、回転遊具のボルトが外れていたのが原因で子供が怪我をするという事故が発生した。

そこで、私は子供が遊ぶというコトを考えてみた。

私が小さい頃「遊び」というと、近所の野原や川で走り回るのが常だった。
両親が共働きだったので家に一人で居ることも多かったが、外でもよく遊んだ。
今住む町のように公園などはあまりなく、自然の中で育ったといってもいい。

今、公園で遊ぶ小さな子供の側には必ずお母さん達がいる。
いわば、21世紀の子供は危険なコトがないように保護者の「監視付き」の中で遊んでいる。
最近の事件・事故などを考えれば、しかたのない話ではある。
そんな最近の子供と比べると、私はとても自由に遊ばせてもらっていた。
親が働いてるからというコトもあるが、保育園に通ってたトキでさえ子供達だけで遊んでいた。
だから、保護者の側で遊んだという記憶があまりない。
もし、友達と遊んでいる横に自分の母親がいたとしたら、気になって遊びに没頭できなかったろうと思う。
だとして、今の子供のコトを考えてみると、最近の子供は本当に遊んでいるのか?という疑問さえ浮かんでくる。
本当にというのは、遊びだけに集中して自由に自分の発想で動けているのか、という意味で。

誘拐などの事件とか重大な事故は論外だけど、子供の成長を思えば少々の怪我や喧嘩はしておいたほうがいい、と私は思う。
親は、そのくらいのコトは覚悟しておくべきだろう。
はたして、保護者の監視の元でそのようなことは望めるのだろうか?

今の子供は可哀想だ、と思う今日この頃である。
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by k_milliard | 2004-04-05 12:48 | 寸評 | Trackback | Comments(0)