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カテゴリ:朝鮮( 45 )


2004年 08月 20日

恥の上塗り

韓国与党党首が辞任 父親の「日本軍歴」問題で引責

与党党首という立場からこうせざるを得ないのかもしれないけど、私はこの日本軍の憲兵だったというお父さんが哀れでならない。
反日のためなら自分の親でさえ「魔女狩り」出来るというのか。

彼らは分かっていない。
こうやって日本との歴史を歪めて伝え糾弾する行為は、同時に自国の歴史も冒涜しているのである。
自らの精神性の未熟さを露呈しているようなモノだ。

惨めな歴史を認めたくない気持ちは分からなくはない。
自力で独立できず日本に助けてもらった、目立った抵抗運動も無いまま日本に併合された、なんて、みっともなくて認めたくないだろう。
しかし、それを認めるコトが出来なくては、いつまでたっても半人前のままだ。
日本を全否定するコトで自国の恥を隠しているようでは、朝鮮人の先もしれている。

本当の友好関係は、まず己の恥を認めるトコロから始まるのではないだろうか。
それを認めるコトが出来れば、恥は恥でなくなり、未来につながる立派な歴史になりうるはずだ。
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by k_milliard | 2004-08-20 02:17 | 朝鮮 | Trackback | Comments(0)
2004年 08月 12日

偏狭なプライド

日本は57番目に入場 アテネ五輪組織委が発表

オリンピックの開会式で入場する順番について、韓国は日本よりも後の入場になってしまうのが嫌で、たしか前回のオリンピックでこのことが少し話題になっていたのを思い出しました。
日本はJ、韓国はKだから、日本の方が先に入場するというだけの話なんですが、彼らはそれが気に入らない。
「どうして日本よりも後なんだ」
国名の表記がKOREAではJAPANよりも後になってしまう。
だったら、COREAにすれば日本よりも先に入場できるからCOREAにしようじゃないか、という議論に発展していたはずです。
歴史的に見てもCOREAの方に正当性がある、というのが根拠?になってました。

別に、どーーーでもいいコトなのに、どうしても気になるんでしょうね、日本のコトが。
自分主体じゃないんですよ、思考が。
韓国が日本と比べてどうなんだ、中国と比べてどうなんだ、と、いつも比べる対象がないと話が出来ない。

2002年のノーベル賞で日本人が二人受賞したじゃないですか、小柴さんと田中さん。
あのトキだって、たしか朝鮮日報だったかな、韓国の新聞は、
「日本はノーベル賞を二人も受賞するほど物理・化学の分野が発展しているというのに、我が国はどうなっているんだ」
という趣旨の論評をしていました。
いつもそうなんですよ。
日本で何か話題になる良いコトがあったら、それをダシにして「それにひきかえ韓国は・・・」っていうモノの言い方。
注意して見てたら、こういう趣旨のコメントをよくしてますから、彼ら。

つまり、日本が上で韓国が下という構図が見て取れる場合、彼らのプライドのようなモノが触発されてしまう。
彼らの精神衛生上、良い状態を保とうとするなら、絶えず韓国が上で日本が下になる状態でなければいけない。
で、日本と韓国の友好を考えてみると、メインは韓国であり韓国が上で日本が下という状態が保てていれば、それは良い関係にあるというコトになります。
その逆はない。
もちろん韓国はそれを望んでいるし、日本はあんましその辺のコトを考えていないのかどうでもいいやと思っているのかよく分かりませんが、とにかく友好関係を保とうとしているように思えます。

こんなコト、どうでもいいコトだと思います。
思いますが、彼らの精神構造というか思考を理解したうえで、
「あぁ、またあいつら言いたいこと言ってるな」
となるんならいいんですが、
「どうぞどうぞ、私たちはいつも下でいいですから」
みたいな物分りがいい人のようでいて、実は何も考えてないやんけ、っていうのはよくないです。
彼らのやりたいようにやらせておいたら増長するばかりだし、日本だってその関係に慣れきってしまうのが怖い。
不健全ですよ、そんなの。

入場行進の順番なんか、先に歩きたかったら歩けばいい。
国名の表記をCOREAに変えたかったら変えればいい。
でも、アルファベットの逆順で入場する大会があったとしたら、どうするんでしょうね。
そうしたら私たちは、暖かい目で見守ってあげましょうよ、彼らを。
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by k_milliard | 2004-08-12 12:01 | 朝鮮 | Trackback | Comments(2)
2004年 07月 27日

誇りと恥

朝鮮人が時々口にするフレーズで、
「民族の誇り」
というのがある。
スポーツとかお祭りとか、朝鮮民族を誇示できるイベントではよく聞かれる。
それだけ、朝鮮人であることに誇りを持ってるんでしょうねぇ。
自分たち民族の中から活躍する人がでるというのが、それだけ嬉しくて自分のことのように喜べるんでしょうねぇ。
真に素晴らしい民族、なんでしょう、きっと。

さて、朝鮮民族の同胞に、金正日というのがいます。
父は偉大なる金日成。
さて、この父親の代から、この朝鮮民族の国は国家犯罪を犯し、それを息子が認めました。
まさか、国名に「民主主義」と謳いながら親子で権力を世襲したという「独裁国家」が、
「一部の者が勝手にやったことです」
と、収賄で捕まった国会議員の台詞みたいなたわごとを言っても信じる人はいないでしょう。

日頃から、民族の誇り民族の誇りと、口酸っぱく唱えている朝鮮人の中から、はたして彼らを「民族の恥」と言った人がいたでしょうか?
個人のレベルでそう思った人はいたかもしれません。
ですが、あるまとまり、団体とか組織とか協会とかが、同胞の犯した罪を恥ずかしいと言っているのを私は聞いたコトがありません。
遺憾に思う、くらいじゃダメですよ。
もし、「民族の恥」と言っていたところがあったら、どなたか教えて下さい。

あれだけ民族を大事にする朝鮮人のことですから、その誇りに大きな傷をつけた金日成・正日親子のことを、他の国の人間から言われるまでもなく、民族の恥ですと言ってないとおかしいですよね。
人のことをとやかく言う前に、まず自分たちの恥にけじめをつけないと、筋が通らないですもんね。

朝鮮民族は一つ!世界一優れた民族!
あぁ、なんて素晴らしい民族なんだ!

どうか、その自慢の誇りとやらであんたらの恥を総括してくれ。
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by k_milliard | 2004-07-27 01:33 | 朝鮮 | Trackback(1) | Comments(0)
2004年 07月 23日

典型例

韓国の人と付き合いの無い人にとって、私がここで書く悪い朝鮮人の姿は、ピンとこないのかもしれない。
そこで、最近の出来事の中で、これは朝鮮人らしいな、と思った典型例を一つ挙げます。

最近と言っても2年も前の話になりますが、2年前と言えば忘れもしない2002年日韓共催ワールドカップ。
この大会は、韓国をめぐる様々な問題が浮き彫りになった、記憶に残る大会でした。

当時、韓国サッカー協会会長の鄭夢準氏は国際サッカー連盟(FIFA)の副会長でもありました。
2002年ワールドカップが日本の単独開催で決まりかけていたのに日韓共催になったのは、サッカー界で実力者となっていた鄭会長が大きく関与したのは間違いありません。
そこには、どんな思惑があったのでしょうか。

そのヒントとなる出来事が、韓国とトルコによる三位決定戦の試合後にありました。
この試合、トルコが勝ち三位になりましたが、肝心の三位表彰式がフジテレビで放送されなかったという有名な出来事がありました。
このとき、負けたはずの韓国に対してメダルの授与が行われていて、その様子は放送されていました。
つまり、勝ったチームの表彰よりも負けたチームの表彰が日本の地上派では目立つように放送されていたのです。
で、問題はフジテレビの韓国ベッタリの放送姿勢ではなく、韓国チームにメダル授与していた鄭会長なのです。
ヒントは、実は鄭会長のしぐさに表われていました。
一人一人の選手にメダルをかけてゆく鄭会長。
このシーン、普通に考えると、協会の会長が選手の活躍を労っているように思えますが、実態はそうではなかったのです。
実態は、親分が自分の舎弟に対してご褒美を分け与えている、そういう構図になっていたのです。
なぜそう言えるのかと言うと、鄭会長の表情、特に目と、メダルをかけるときの無愛想なしぐさです。
とてもあれは労っている人のしぐさではない。
全然気持ちが入ってなかったんですよ。
次々と、ただ選手にメダルをかけるだけ。

どうして負けたのにわざわざメダルを授与したのかと言うと、それは出来る限り韓国チームが活躍したという印象を国民に残しておく必要があったから。
本当は負けたんだけど、まるで三位に匹敵するかのような印象が必要だった。

その理由は、ワールドカップの後に予定されていた大統領選挙に鄭会長が立候補するための布石だったんです。
つまり、鄭会長は自分の権力を最大限に生かし、ワールドカップを共催にすることでワールドカップの私物化を図り、強引に「強い韓国」をアピールすることで国民を興奮・麻痺させ、そのエネルギーをそっくり自分の大統領選挙に持ち込むのが目的だったんです。
したがって、韓国が予選リーグで敗退するなど許されるはずもなく、最低限のベスト4までは勝ち進まないといけなかった。
だから、ドイツ戦までの数試合、かなり韓国に有利な試合が続きましたが、あんなの鄭会長の強烈な圧力が無ければ実現しないでしょ。
ベスト4にさえなれば、たとえ4位であっても会長の采配でメダル授与が可能になるので、そこまでは最低限のラインでした。
本当はもっと上を狙いたかったんでしょうが、さすがにヨーロッパ勢が黙っているはずもなく、ドイツの試合からは正味のチーム力で戦い、負けたのでした。

で、あれだけの国民的盛り上がりがあれば、大統領選で有利になるに違いない、と踏んだ鄭会長でしたが、実際には大して話題になることもなく大統領選では早々に名前が消えてしまいました。

権力を握った朝鮮人は、その権力を最大限に生かして自分の世界を作ろうとする。
権力の座に座った人間がその利権を手放そうとしないのは、国を問わず人間の普遍的な性質なのかもしれませんが、特に朝鮮人にはその傾向が強いと思います。
鄭会長はそのいい見本です。
メダル授与での態度は、いかにも組織を私物化した人間がとる態度で、選手への労いの気持ちもサッカーへの愛情も感じられず、「あぁ、この人、朝鮮人らしいなぁ。」と思った1シーンでした。

ちょっと話が外れます。
朝鮮半島は現在南北に分裂していますが、これも朝鮮人同士の権力闘争の成れの果てであって、特に北朝鮮はたまたま時代と展開が金一族に有利だったので王国が築けましたが、もっと強力な勢力があったら、そいつが今頃北半分を支配していたはずです。
つまり、民族統一などと彼らは言っていますが、それを阻んでいるのは彼ら自身の業じゃないかと私は思います。
これは私の予想ですが、北朝鮮が弱体化して南北統一が実現したとしても、その内部で新たな権力闘争が起こり、結局また二分三分し、分裂国家として東アジアの火種になるような気がします。
そのとき日本ですが、一切関わらないことです。
私たちは100年前の教訓から多くのことを学んでいます。
たとえ救済を求められたとしても、一方に偏るような支援を単独でしてはいけません。
できるだけ不干渉の立場を貫き、関与する場合は国連なり他の大国と協調してやるべきです。
善意でしてあげたことでも、後には「民族統一を阻んだ行為」などと言われるのがオチです。
なにもしてあげないのが日本のためだし、彼らのためでもあるんです。
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by k_milliard | 2004-07-23 17:27 | 朝鮮 | Trackback | Comments(0)
2004年 07月 21日

日本の朝鮮化

社民党の福島さんのことを心配してたら、自分が夏風邪でダウンしてました。
まだ鼻がズルズルです。

このところ、日本の朝鮮化を懸念されている方が多くなったかもしれない。
具体的にどのようなことが朝鮮化、なのだろうか。
私なりに考えてみた。

私が感じる日本の朝鮮化とは、まず「道徳の朝鮮化」を挙げます。
どういうことかと言うと、公共の場などで列を作り並ばないといけない状況があったとします。
日本であれば、黙々と静かに列を作り並び、列に割り込もうとする人がいたら注意したりします。
これが朝鮮の場合、列自体が出来ていない可能性が高く、列を作る場合でも大きな声でのやり取りがあちこちで起こり、とても賑やかなものになるでしょう。
そして道徳の朝鮮化ですが、昔の古いタイプの日本人が持っていたような公共心に代わり、自己中心的な振る舞いが当たり前のようになっていく状態です。
もちろん、自己中心的なもの全てが朝鮮化ということではなく、集団の和を保とうとする多数の人に対して和を無視するような人がいた場合、それが私には朝鮮人っぽく見えてしまうんです。
イメージしやすいのは、大阪のおばちゃん。
世界のどこにいても大きな声で大阪弁で話し、抜け目無くちゃっかり者。
良く言えば親しみ易いタイプだけど、人の領域にズケズケと土足で入り込むような強引さもあり近くにいて迷惑な場合もあります。
おそらく、一般的な日本人と韓国人を比較すると、大人しい日本人に対して賑やかな韓国人という対比が明確になるような気がします。
これは、公共の場などで、公共に対する感じ方や道徳の概念が日本と朝鮮とで異なるからだと思います。
で、私が道徳の朝鮮化と言ったのは、公共の場でのしつけ・マナーや従来の古い日本の道徳心が崩れつつあり、代わりに自己中心的で他人のことをあまり考えなくなる風潮が、私の偏見ですが朝鮮っぽいな、と思うのでそう言いました。

あと朝鮮化といえば、国自体の朝鮮化ですか。
日本政府が朝鮮人に対して甘く厳しく出れないのは戦後からずっとそうなので、既に朝鮮化の土台は出来ているのでしょう。
「このままだと日本が朝鮮に乗っ取られる!」という危機感、分かります。
たしかに、このまま朝鮮や中国と仲良くしようとするなら、どんどん私たちの生活に朝鮮的なものが増えていくでしょう。
気づけばここにもハングルがとか、韓国料理の店が増えたなぁとか、着々と朝鮮的なものが私たちの身の回りにあふれ出し、それが当然のようになっていく。
朝鮮に限らず、他の国の人と親しくなろうとするなら、相手のことをたくさん理解しようとする努力が必要だと思います。
相手のことを知ろうとする気持ちは大事だけど、相手が朝鮮の場合、むこうが日本のことをどのように思うように教育されてきたのか、をまず筆頭に考えないといけない。
ここを見ようとせず、ただただ仲良くしようとしていると、気づけば奴隷のような状態になっているかもしれません。
大げさではなく、いわば、学校出たての純粋な子がデート商法で高い絵とか英会話教材セットを買わされてしまうようなもので、相手の悪意に気づかないとエラい目に合うということを言いたい。
ある意味、日本人よりも朝鮮人はプロです。
その悪意は、個々の朝鮮人というよりも、国策でそう思わされてきた日本に対するイメージ、そして自分たちの優位性・自尊心の強調。
そういうものが、もう民族と言っていいでしょう、この点においては北も南もなく南北統一されていますが、日本人との対話に邪魔になっています。
で、国のことですが、領土問題ひとつとって見ても明らかなように、日本は韓国・北朝鮮と争わないように付き合ってきました。
問題の先送りです。
この状態、しばらく続くんでしょう。
なんとか事を穏便に済ませて、金で解決できるんなら金払って。
さすがに国自体乗っ取らてしまうほど日本の政治家・官僚はバカじゃないと思いますが、外国人に地方参政権を認めたりすると事情は変わるでしょう。
日本乗っ取り計画の大きな第一歩にならないよう、キッパリ反対しないといけないです。

最後に、朝鮮化として、日本の属国根性の浸透が最も懸念されます。
もちろん、属国というのはアメリカの衛星国である日本の状態を言っています。
まもなく戦後60年になりますが、これはつまりアメリカに60年従ってきたということです。
この状態が100年、150年と続いていくと、属国根性がますます強くなるのではないでしょうか。
アメリカとの関係さえ磐石であれば日本は大丈夫。
しかし、この考え方が行過ぎてしまうと、日本は何も考えずにアメリカに従えばいい、になり、最終的には日本は一人では何も考えられない国に成り下がってしまうのではないか。
この属国根性を体現する貴重な国が、私たちにはラッキーなことにすぐ近くにあります。
中国の属国として千年近く栄えた?国、朝鮮。
私たちは、属国という観点から朝鮮を見つめ直す必要があるように思います。

日本にとってアメリカとの関係は最も大事ですが、この状態が長く続いた場合、しかも何も考えずに従うようになると、日本人の精神性にとっては危険でもある。
無批判に与えられた平和を有難がって、いわゆるこの平和ボケが続けば、100年後、200年後にはすっかり朝鮮化した日本が出来上がっているかもしれませんよ。
そうなると、「島国根性」ではなく「属国根性」が日本の精神性を表すキーワードになるのかもしれません。
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by k_milliard | 2004-07-21 21:03 | 朝鮮 | Trackback | Comments(0)