んなアホな!

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カテゴリ:自分のコト( 17 )


2006年 10月 14日

移転します

長らくお世話になってきたexciteブログですが、諸事情によりココログに移転します。

特に不満があったわけではないのですが、皆さんにご迷惑をかけるようなコメント・TBを排除できる機能のあるところに移ることにしました。

新しいURLです。
すみませんが、お気に入り・ブックマーク等の変更をお願いします。

移転先では当分の間、今までのデザインを踏襲しておこうと思いますが、ぼちぼちデザインを変えるかもしれません。
で、ここの今までの記事はそのまま残しておきますが、10月中にはコメント・TBが出来ないようにしますので、よろしくお願いします。
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by k_milliard | 2006-10-14 00:14 | 自分のコト
2006年 10月 10日

《続報》少年の実名報道を巡る図書館の対応

9月12日のエントリ「配慮し過ぎるとおかしなコトになってくる」の続報です。

豊中市からメールで回答がありました。
回答文は図書館の館長名で書かれていました。
以下、メールのうち回答の内容部分を修正することなく掲載します。(笑)


--------------------ここから始まり

 いただきましたご質問にお答えいたします。

1)「産経新聞の報道内容は正しいのか」について

 事実関係については産経新聞掲載のとおりですが、
よりご理解いただくために、今回の経過の詳細をご
説明申しあげます。

①9月8日、図書館では開館後、読売新聞1紙が実
名報道、他の新聞は引き続き匿名報道であること
に気づきました(ちなみに、読売新聞では同日の夕
刊と9日の朝刊も実名報道でした)。

②図書館としましては、警察発表および新聞各社が
そろって匿名であった時期に『週刊新潮』が実名記
事を掲載した際に、その記事の部分を、来館者への
説明文を添付して閲覧制限しておりましたので、「少
年法」をめぐる新聞各社での対応が分かれるという、
前例のないケースに対し、その取り扱いに苦慮いた
しました。

③翌9日の開館前、岡町図書館長は内部での慎重
な検討とその間における暫定措置が必要であると
判断し、各図書館に「検討を行う間、読売新聞の
8日付け朝刊と夕刊を引き上げ、9日の朝刊は名前
の個所をマスクすること、そして、その旨の説明文
を添える」よう指示いたしました。これらの取り扱い
については、指示直後に生涯学習推進室長へ報告
し、室長からは「至急に新聞の取り扱いについての
結論をまとめて報告する」よう指示がありました。

④同日、14時30分から館長会議を開き、読売新聞
の取り扱いを検討いたしました。その結果、新聞
各社でその見解が分かれたこと、それ自体を市民
が知ることが大切であろうと判断し、「10日から通
常の閲覧に供すること、その取り扱いについての
利用者へ説明文を添え、併せて「匿名」と「実名」
についての9日付け新聞各紙の見解記事を利用
者の求めがあれば見ていただけるよう、各図書館
に備え置くこと」として、各図書館に指示いたしまし
た。

⑤以上が、この件の経過でございます。結果的に、
9日のみ、実名報道をした読売新聞の実名部分を
閲覧制限したことになりますが、週刊誌を「人権や
プライバシーを尊重する」という理由から、また、
その判断については、少年法や警察当局の発表、
新聞社の見解なども参考にして閲覧制限してきた
図書館としましては、新聞社が実名・匿名と報道
姿勢が分かれた事態に対し、対応策をまとめる
時間として、一日要したものでございます。

⑥なお、週刊誌につきましては、実名・匿名の両方
の報道が流通していることから、引き続き制限する
事由が消滅いたしましたので、9月13日から制限
をなくすとともに、その理由についても記事に添付
いたしました。


2)「いつからそうするようになったのか」について

 写真週刊誌『フォーカス』(1997年7月9日号)に、
神戸市須磨区で発生した小学生殺害事件の容疑
者である少年の顔写真が掲載されたときからです。


3)「市立図書館としてなぜそう判断したのか」について

 図書館といたしましては、図書館資料の提供に
あたり、日本図書館協会において採択されている
『図書館の自由に関する宣言』を踏まえながら対
処しています。

 同宣言では、「正当な理由がない限り、ある種の
資料を特別扱いしたり、資料の内容に手を加えた
り、書架から撤去したり、廃棄したりはしない。」と
しており、この「正当な理由」の一つとして人権・プ
ライバシーを侵害する資料である場合を掲げ、こ
のような場合には「図書館の資料提供の自由も制
限される」としています。また、少年法第61条でも、
原則として氏名等を公表してはならないと定めてい
ます。

 このようなことから、これまで、週刊誌や雑誌につ
いては検討のうえ、当該部分についてホッチキスど
め等の取り扱いを行ってきましたが、新聞では、こ
れまで少年事件は全て「匿名」で報道されていまし
たので、このようなケースはありませんでした。

 今回の少年事件につきましては、容疑者少年が
生存している間は、各新聞では「匿名報道」で統一
されていましたが、同少年が「死亡」したことから、
読売新聞では「実名」、他の新聞では「匿名」という
異なった報道となりました。このため、図書館といた
しましては初めてのケースでありましたので、慎重
な検討とその間における暫定措置が必要であると
判断したものです。


4)「市はどのように受け止めているか」について

 今回の取り扱いにおいて、混乱を生じ、市民・利
用者の皆様にご迷惑とご心配をおかけしましたこ
とを、深くお詫びいたします。


5)今後について

・新聞各社の見解が分かれた場合は、市民がそ
の両方を知ることを保障することが大切であり、
閲覧制限等は行わない

・なお、週刊誌等につきましては、これら新聞各
社の見解等を参考にしながら、ケース・バイ・ケ
ースで検討する

・こうした検討を行なう際には、多方面のご意見
をいただける仕組みのもとで判断する

こととしてまいりたいと考えております。


 また現在、図書館協議会におきまして、「図書
館の評価」についてご議論いただいております
ので、今回の件につきましてもご意見をお聞きし、
開かれた検討・判断の仕組みづくりや方策をまと
めてまいりたいと考えておりますので、よろしくお
願いします。

--------------------ここまでで終わり

と言うことで、実名報道について新聞各社の対応にバラつきがあったので、その対応を検討する間の暫定措置として閲覧制限を設けたようです。
で、週刊誌等については、1997年の神戸市須磨区の事件から閲覧制限を行っていたようで、今後も状況を睨みながら検討するそうです。
でも、私が思うに、1)の経過詳細の⑥で書かれている

> 実名・匿名の両方の報道が流通していることから、引き続き制限する事由が消滅いたしましたので、

ってことなら、週刊誌等も制限なんかする意味が無いと思うんですがねぇ、どうでしょうか。
それから、「図書館の自由に関する宣言」の人権・プライバシーを侵害する資料の場合は制限される、という解釈。
たしかに、ただプライバシーを暴くような類の表現であれば問題があると思うけど、それを出版社ではなく図書館がいちいちそれを判断するというのはどうなんでしょうか。
まぁ、今後は図書館独自の判断はしないようにするみたいですが。

メールのやり取りは豊中市の広報公聴課を通じて行われました。
最初は電話で問い合わせようかと思いましたが、以前家の近辺でトラブルがあった際に直接市役所の担当課に出向いたことがあったのですが、担当課長に少し高圧的な対応をされてしまい思っていたことを十分に話せなかったことがあったので、こういう場合は文書によるやり取りがベストだと思いました。
豊中市は体質的に問題が多そうなので、また何かあれば問い合わせることがあるかもしれませんね。
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by k_milliard | 2006-10-10 00:53 | 自分のコト
2006年 03月 27日

バレてはいけない

私が朝鮮人だと知ったのは、小学生の低学年の頃だったと思います。
親から告知されたというような具体的な話は無くて、ただ家庭内の状況からなんとなく我が家が日本の一般的な家庭ではないらしい、どうやら「チョーセンジン」と言うもののようだ、と漠然と感じ取っていたように思います。
そんな小学3年生の頃のある日、一緒に遊んでいた友達二人から、突然私が朝鮮人であることでからかわれたことがありました。
いわゆる「いじめ」にあたると思います。
おそらく、彼らは親などの大人からそう教えられたんだと思います。
私は悔しくて彼らと喧嘩をしたのを覚えていますが、それは朝鮮人への差別というよりも、例えば母子家庭の子供とかハーフの子供がいじめられるような感覚でした。
つまり、自分達とは異なるものへの興味から、子供心でついからかってしまったのでしょう。
そういうことはそれ一度きりで、その後は彼らと以前のように一緒に遊んでいました。
けれど、自分が朝鮮人という存在であることは、なんとなく不安であり、どうして普通の日本人として生まれてこなかったのかと自分や親を恨めしく思うようにはなりました。

その後、特に朝鮮人であることで嫌な思いをすることなく中学生になったある日、休み時間に教室にいると、たまたま近くの席に違うクラスの同級生が二人いて、彼らの話し声が聞こえてきました。
彼らは、「○組のKって朝鮮人らしいで」「へぇ~」・・・フフフ・・・クスクス・・・と言って、最後は明らかに軽蔑の笑いを浮かべていました。
彼らは、そばにいた私も朝鮮人であることに気づかず、安心してポロッと思っていたことを喋ってしまったのでしょう。
それを聞いたとたん、私はドキッとして動悸が激しくなり、身動きが取れず固まってしまいました。
「そうか、朝鮮人だとバレてしまうと、陰でこんな風に言われてしまうんだ」
そう思った私は、朝鮮人だとバレると友達がいなくなるんじゃないか、仲間外れにされるんじゃないだろうか、という恐怖感を抱いてしまいました。
これが解消したのは成人してからです。
だから、解消するまでの学生時代、友達には私が朝鮮人だと絶対にバレないように振る舞い、少しでも国籍のことなどが話題に上ると顔がひきつってしまい、嘘をついてでも話を合わせるようにしてました。
それが決して健全なことではないのは重々承知してましたけど、とにかく当時は自分の素性を隠すことで必死でした。

ちなみに、彼らが話題にしていたKさんとはクラスが一緒になったことが無く話をしたことも無いのですが、学年で一番綺麗な女性で性格が明るく成績も優秀だったので、けっこう目立つ存在だったのです。
だから、彼らはKさんのことを妬んでいたのかもしれません。
私は、彼らの話を聞くまで、彼女も朝鮮人だとは気づきませんでした。
人づてに聞いた話では、彼女は今ソウルで暮らしているらしいです。

当ブログをずっと読んで頂いている方には分かって頂けていると思いますが、私がこういうことを書いているのは、別に朝鮮人差別を糾弾したり被害者根性を丸出しにするのが目的ではありません、念のため。(笑
今回は、ただ私が朝鮮人であることを自覚した子供の頃から学生時代に実際に経験した事実を当時の感想を出来るだけ率直に書くことで、読んでくださった皆さんの参考になればそれでいいだけです。
何かを主張しようとか、そんな気はありませんので。
今まで成されてきた在日への一面的な印象だけではなく、こういう人もいたんだ、そう思ってもらえればそれでいいです。
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by k_milliard | 2006-03-27 13:16 | 自分のコト
2006年 01月 01日

新年の抱負

新年、明けましておめでとうございます。

年末年始は妻の実家に帰省してまして、お正月らしいお正月を送っています。
事前の天気予報では天気があまり良くないと聞いていたのに、けっこう晴れてました。

新年の抱負は・・・特に無いっつったらダメか。(笑
なんだろうなぁ
仕事を一生懸命やって稼ぐ、ガンガン稼ぐ・・・そして、稼ぐ。w
これからの日本経済がどうなるのか分からないけど、まずは自分の生活が大事ですからねぇ。
その上で、このブログでも好きなことが書けるのだし、社会にも貢献できるんだし。

社会の動向で引き続き注目していこうと思うのは、北朝鮮の拉致事件と中国の政治・経済です。
いずれも難しい問題ですけど、分からないなりにも関心を持ちつづけて、このブログでも思ったことを書いていくつもりです。

たぶん、他のブロガーの方もそういう人が多いのかもしれないけど、自分の考えを書くのって勇気がいることだと思うんです。
それが正しい考え方とは限らないし、時には少数意見だろうと思いつつも書く場合もありますから。
そのたびに、間違っていれば指摘して頂いただいたり異なる意見を頂いて、私の考えが深まり、それがこのブログに反映していければいいのかなぁ、などと考えています。
きっちり調べて発言している方からすれば、いい加減なやり方だとは思うんですが・・・

あ、それと、マスコミに対する批判や監視も引き続きやっていきたいと思います。
もっと、ネットの動きがリアル社会に影響を与えられるようになって欲しいと願いつつ、新年の抱負の締めとさせて頂きます。

では、今年もよろしくお願いします~。
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by k_milliard | 2006-01-01 18:19 | 自分のコト
2005年 09月 03日

食卓の思い出

最近頂いたコメントで韓国の食べ物のことが話題になりましたので、食べ物に関する私の思い出を少しまとめてみました。

私の日常の食生活は、きっと皆さんとそう変わらないと思います。
朝と夜は妻が作ってくれる料理を食べ、昼は職場近くの牛丼チェーン店とかカレー屋さんに入ったり安売りの弁当なんかを食べてます。
ありふれた都市生活型「リーマン」的な食生活を送っていると思います。
ですので、普段は韓国料理を食べる機会はありません。

私が小さかった頃の我が家の夕食風景を思い出してみます。
食卓には、父の好みの料理が並んでいました。
父が一番好んだのは、サンチェという葉っぱにご飯とオカズを一緒に包んで食べるものでした。
まず、片手に広げたサンチェの上にご飯をのせます。
次に、辛い味噌をご飯に塗るようにのせ、それから肉や野菜などのオカズをのせます。
それをサンチェで上手に包み、パクッと食べる。
「こうやって食べると食あたりせぇへんのや」・・・父からは何度も聞かされました。
私も時々食べましたが、こうやって食べるとたしかに美味しいし、食欲がわかないときでもたくさん食べることが出来ます。

ちなみに、父が食事で使う食器は、いったい何十年使っているのか分からないほど愛用していた銀の食器です。
お椀と皿とサジと箸。
韓国の基本的な食事作法として、ご飯と汁物はサジを使いオカズは箸を使って食べます。

あと、ご飯とオカズを一緒にした混ぜご飯、クッパも父は好きでした。
父の夕食は、このどちらかになることが多かったです。
それと、母手製のキムチがいつも食卓にありました。
韓国料理といえばニンニクがよく使われますが、当たり前のように父は毎日ニンニクを摂っていたので、父の体臭はほとんどニンニクの匂いでした。
それが普通のことだったので、別に臭いとか思わなかったです。
それが父の匂いだと。

母も父と同じものを食べていました。
で、私はというと、子供用の別メニューになることが多かったです。
たま~に私も同じものを食べてたんですけど、これが・・・ちょっとしたトラウマになってまして・・・。
ご存知の通り韓国料理には辛いものが多く、父と母が食べるクッパなんか真っ赤だったりするワケです。
ところが、母がいい加減というか無頓着というか、大人が食べる辛さのまんま食べさせたことが何度もありました。
せっかく母が作ってくれたものだからと、口から火が出そうなのを我慢して文句も言わずに全部食べましたよ。
そのせいで私は辛いものが苦手になりました。
今でも極力味付けは薄いものを好みます。
辛いものを食べたいなと思うようになったのは、30歳を過ぎてからですね。
キムチも、小さい頃はあまり食べなかったです。
どちらかと言えば嫌いだったかな。
さすがにこれは母も心配したのか、辛さを抑えた私用のキムチを時々作ってくれました。
大人になってからですね、母が作ってくれるキムチを美味しいと思うようになったのは。
市販のキムチや焼肉店のキムチにも美味しいものもありますが、母のキムチが私には合っているようです。

あと、母のキムチ以外で好きな韓国料理が少しだけあります。
一つは、トック。
楕円形のモチッとしたトックを、肉やネギと一緒にスープにして食べます。
毎週というほどでもないですけど、これを時々食べてました。
もう一つは、鶏のスープ。
これは、ただ単に鶏の手羽先を煮込み、塩で味付けしただけのスープです。
頻度としては、こっちのほうが多かったかな。
これは作るのが簡単なので今でも自分で作ることがあります。
疲れているときにこれを食べると、不思議と元気になったような気がします。
妻に勧めると鶏臭いのが嫌だと言うので、生姜を多めに入れて煮込み、臭みを抑えるようにしてます。

それと、家の食事とは関係ないですが、時々母のところに近所の人が来て、辛い味噌をおすそ分けしていたことも思い出します。
その人は普通の日本の方でしたが、辛い味噌が好きだったんでしょう。
私も小さかったのでよく分かりませんが、当時私たちが住んでいた長屋の付近に在日韓国人の家庭は他に無かったと思うので、そこでは比較的珍しい存在だったのかもしれません。
ですが、特に私たちが差別されるようなこともなく、むしろ調味料を近所におすそ分けするくらいに仲良くやっていました。
これは、父と母の性格によるところが大きかったと思います。
両親は結婚して暫くの間、各地の現場を転々としていた経験があり、父はツルハシで土を掘り母は飯場で大量の食事を作る、そんな生活を何年もしていたので、何処に行ってもその地に順応するような能力に長けていたんだと思います。

また、ずっとそういう生活をしていたこともあり、父は大食漢の大酒飲み・・・だったらしいです。
らしいというのは、私は体調を崩して酒をひかえるようになった父しか知らないので。
父が若い頃は毎日仲間と酒を酌み交わし、一晩で焼酎の一升瓶を空けるようなことが珍しくなかったそうです。
それにまつわる武勇伝?笑い話?も数々あり、晩年に親戚が来るといつも当時の話で盛り上がっていました。


私の韓国料理の思い出というと、こんなもんでしょうか。
私が大人になってから、焼肉が韓国料理の一つのような扱いを受けているのを初めて知り、最初は嘘だろうと思ってました。
だって、貧しかった我が家で焼肉なんか滅多に食べること無かったですから。
もし焼肉が韓国料理だというのなら、それは宮廷とか両班のような一部の裕福な人達だけのものだったと思います。
その他大勢の貧しい家庭で豪勢な焼肉が食えるわけがない。
「本場の焼肉」とか言われても、とても焼肉が韓国の一般庶民の家庭料理だったとは思えません。
今でも、焼肉屋さんでカルビを食べるときなんか、「これが韓国料理ねぇ・・・」と、半信半疑だったりします。
だから焼肉屋さんでは焼肉そのものよりも、鶏のスープに親しみを感じますね。
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by k_milliard | 2005-09-03 02:14 | 自分のコト
2005年 06月 24日

Musical Baton

ろぐさんからバトンを引き継ぎました。
まとめるのに随分時間かかってしまいました、すいません。


Total volume of music files on my computer(今コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)

パソコンにはCDごと何曲も入れてたはずなんだけど・・・不要ファイルを整理したときに全部消しちゃったみたいで、今はなんも入ってません。
また入れ直します。(汗)


Song playing right now(今聞いている曲)

・AMAZULU「DON'T YOU JUST KNOW IT」
最近、CMでこの曲が使われていたのを聞いて、懐かしくなってAMAZULUがカバーしたのを聞いてます。
AMAZULUは女性三人によるパンクレゲエバンド。
1987年頃、イギリスで活躍していたようです。


The last CD I bought (最後に買ったCD)

・EVANESCENCE「FALLEN」
基本的に、女性ボーカルのロックが好きです。


Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me(よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

・大追跡 MUSIC FILE「Illusion」
ルパン三世の曲でお馴染みの大野雄二によるBGM集から。
「大追跡」は、私が一番好きな刑事ドラマです。
この曲は緊迫したシーンでよく使われていて、最も好きなBGMです。
私自身がピンチな状況になると、頭の中をこの曲が流れ出します。
それくらい、この曲は私の身体に染み込んでます。

・QUEEN「BACK CHAT」
アルバム「HOT SPACE」の3曲目。
おそらく・・・いや、間違いなく、筋金入りのクィーンファンからはバカにされるのを承知でこの曲を挙げました。
全盛期のクィーンの曲ももちろん好きなんですが、このアルバムも好きなんです。(キッパリ)
特にこの曲は私の好みに合っているので、それこそ何度も何度も聞き込んできました。
ブライアン・メイのドライブ感溢れるギターが大好きです。
ちょうどこれからの季節、青い空の下、海辺かプールサイドで聞いたら最高でしょう。
ちなみに、この曲の歌い出し部分は、田原俊彦「シャワーな気分」の「だけ だけ 君だけが好き」の部分と同じです。
両曲の発売時期から推測すると、クィーンのキャッチなリズムとメロディを「シャワーな気分」がそっくり頂いたんじゃないか、と思います。

・WANDA DE SAH with SERGIO MENDES「REZA」
ここらへんでボサノバでも1曲。(笑)
邦題は「祈り」。
楽しいイメージの曲が多いボサノバの中でも、この曲は落ち着いた雰囲気の曲です。
1995年の震災のとき、たまたま前年に神戸の人と知り合いになったんですが、震災後その人と連絡が取れなかった時期があり、私はこの曲を聴きながらその人の無事を祈っていました。
約一週間経過し「ヤバいかも」と思い始めた頃、その人から無事を知らせる電話がありました。
特に親しい関係でもなかったんですが、なんだか心配だったんですね。
まぁ、そういう思い出のある曲です。

・MADDNESS「ON THE BEET PEET」
アルバム「ABSOLUTELY」から。
このアルバムの曲は全部好きなんですけど、あえて挙げるならこれかな。
MADDNESSの初期の曲はすごい好きなんですけど、3枚目のアルバムからだんだん面白くなくなって、4枚目以降は見る影もなくなりました。

・しまざき由里「面影」
「Gメン’75」のエンディング曲です。
私がカラオケでまともに歌える、数少ない曲の一つです。
私が小さかった頃、土曜の夜といえば「八時だよ全員集合」の後に「Gメン’75」を見るのがパターンでした。
Gメンって、少し物悲しい雰囲気で終わる話が多くて、その余韻に浸りながらこの曲を聴くのが好きでした。
大人になり30才を超える頃になると、この歌詞の意味が分かるようになってきました。
ちなみに、Gメンの後は「ウィークエンダー」で、ちょっとエロい再現ドラマを見てから寝てました、はい。


Five people to whom I'm passing the baton(バトンを渡す5名)

すいません、よろしくお願いします。
(適当な記事にTBつけましたので、相応しくなければTB削除して頂いて結構です。)

・「週刊!Tomorrow's Way」のyodaway2さん
・「韓国系日本人、賢治の本音。」の賢治さん
・「依存症の独り言」の坂眞さん
・「こっちへおいでな」のRRさん
・「チラシの裏」のtirasiさん
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by k_milliard | 2005-06-24 02:18 | 自分のコト
2005年 05月 21日

初志貫徹

お気づきの方もおられると思いますが、最近、当blogに無意味なTBが大量につけられるという嫌がらせ行為が毎日のように起きています。
そのせいで不快な思いをされている方には申し訳ありません。
見つけ次第、全部潰してます。
いつまでこれが続くのか分かりませんが、当blogのこの程度の発言がそんなに気になるんでしょうか?
まぁ、これを「名誉の戦傷」だと思い、気長に受けて立ってあげますよ。

ところで、今年は戦後60年という節目でもあり、8月15日に靖国神社に参拝しようと思っています。
未だに靖国神社に参拝したことがなかったので、いつかは参拝したいと思ってました。
こういうコトを言うと、更に嫌がらせが激しくなったりして・・・(笑)
戦没者への追悼と日本の平安を祈願するのが目的です。
小泉首相、この日一緒に参拝しませんか?
「大局的見地に立って参拝している」の意味が今一つ理解できませんが、公約どおり8月15日に「戦没者への人道的見地に立って参拝」されては如何でしょうか?
ご一考、よろしくお願いします。
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by k_milliard | 2005-05-21 12:02 | 自分のコト
2005年 02月 11日

100の質問にチャレンジ

らーさんのコリアン・ザ・サードで、100の質問を作ってみましたという企画があったので、やってみました。
そのうち当blogでも語ろうと思っていた内容もありましたが、一気にやってみました。

1 名前と年齢を教えてください
→ k_milliard(実名は勘弁して下さい;) 36才

2 血液型、星座は何ですか?
→ AB型 双子座

3 ご職業は?
→ プログラマー

4 自分の長所と短所は?
→ 長所:好奇心旺盛なところ
  短所:熱し易く冷めやすい

5 自分を動物に例えると?
→ カバかな・・・見た目じゃないですよ(笑)

6 趣味は何ですか?
→ 最近、トイカメラにはまってます

7 座右の銘があれば教えてください
→ 虚心坦懐

8 口癖ってあります?
→ ・・・特にない

9 人の嫌いな行動って何です?
→ 無神経な発言

10 じゃあ尊敬できる行動とは?
→ さり気ない思いやり

11 自分のブログの紹介をどうぞ
→ 時事ネタを中心に、笑いの取れるコメントを目指してます

12 ブログを始めたきっかけって何ですか?
→ 新聞でブログが取り上げられていたのを偶然見たのがきっかけ

13 ブログが大人気になって取材とか来たら受けます?
→ たぶん受けると思う

14 ブログのデザイン、いじれます?
→ 多少は

15 ブログを始めて何か学んだことありますか?
→ 物事にはいろんな見方があるんだなぁ、という事
  情報リテラシー

16 他の人のところでおすすめのブログを教えてください
→ adoruk626さんのlog

17 一日にどれくらいの人が来ます?
→ 150人くらいだったのが、この二週間は300人以上に増えてます

18 ブログサーバはどこですか?(例:ライブドア、アメーバ、seesaa…)
→ Exciteさん

19 そこに決めた理由は?
→ シンプルなとこかな

20 今のブログ、どれくらい続けたいですか?
→ 特に決めてないけど、当分続けたい

21 あなたの国籍は?(1:日本 2:韓国or朝鮮)
→ 1

22 1の人へ いつ帰化されたのですか?
→ 7年前

23 1の人へ 帰化をしようとした理由を教えてください
→ 内面はほとんど日本人なので、帰化したほうが自然だから
  選挙で投票したかった
  日本人になりたかった

24 1の人へ 帰化にはどれくらい時間がかかりました?
→ 1年

25 1の人へ 法務省から帰化の許可が下りた瞬間の気持ちを教えてください
→ 晴ればれとした気持ち

26 2の人へ 自分が日本国籍を持たないことをしったのはいつ?
27 2の人へ その時の素直な気持ちは?
28 2の人へ 祖父母や両親に日本にやってきた理由を尋ねたことあります?
29 2の人へ その理由とは?
30 2の人へ 帰化を考えていますか?

31 そろそろ疲れてきましたか?
→ まぁね(笑)

32 ブラインドタッチできます?
→ はい

33 パソコン歴を教えてください
→ 10年にはなるかな

34 2ちゃんねるやってます?
→ 時々見るだけ

35 よく行く板は?
→ ニュース関係かな

36 2ちゃんねるの嫌韓をどう思います?
→ 現状を考えればある程度は仕方ない

37 では、ご自身は韓国、北朝鮮を好きですか?
→ 国家としては両方嫌い

38 韓国の好きなところを1つ挙げてください
→ 良い意味で反骨精神が強いところ

39 韓国の嫌いなところを1つ挙げてください
→ 日本をライバル視し過ぎるところ

40 日韓の仲って本当のところいいのか悪いのか、どう思います?
→ どっちかっていうといいんじゃないかな

41 将来の日韓関係の理想を話してくれませんか?
→ 酒場で仲良くお互いの歴史を語れるようになる

42 靖国参拝はやめるべきか?
→ 心からお参りする気持ちがあるのなら、やめるべきではない

43 日本は韓国人の主張する個人補償に応じるべき?
→ 応じるべきではない

44 日本が謝罪すれば日韓は仲良くなると思う?
→ 絶対にならない

45 実は賠償しろ!と他人に言ったことがある
→ ない

46 竹島問題を知っていますか?
→ 当然知っている

47 ハングルをしゃべれますか?
→ まったくダメ

48 草なぎ剛のハングルはどこかおかしい
→ さぁ・・・上手いんじゃないんですか?

49 好きな芸能人は誰?
→ 仲間由紀恵さん

50 じゃ、韓国人俳優で好きなのは?
→ いません

51 実は韓流ブームにはまっている?
→ No!

52 好きな韓国料理を教えてください
→ トックを使った料理

53 トックって分かるよね?
→ 好物ですから

54 キムチ大好き?
→ それほどでもない

55 韓国、北朝鮮に行ったことがありますか?
→ 韓国に1回だけ

56 実は38度線に行ったことがある
→ ない

57 その時の印象は日本と比べてどうですか?

58 朝鮮半島に親戚がいる
→ いる

59 在日の友人はどれくらいいますか?
→ いません

60 彼らとはよく会いますか?

61 在日と日本人の違いを感じること、ありますか?
→ 親戚を例に挙げるなら、あります

62 あるなら、それはどのような点が?
→ 生活習慣
  キツい性格

63 日韓併合がなければ韓国、北朝鮮はどうなっていたと思う?
→ ロシアに吸収されソ連の自治区になっていたか、中国の省になっていた

64 民団、総連って何のためにあるのでしょうね?
→ 在日の権益確保
  本国の代理店

65 実は民団、総連に関わっている
→ ノータッチ

66 総連の黒い噂を信じますか?
→ 信じる

67 サッカーは日本、韓国(北朝鮮)のどっちを応援する?
→ もちろん日本

68 2002年、韓国のベスト4は日本の励みになる?
→ なる
  と言うか、励みにすればいい

69 アンジョンファンのスケートパフォーマンスはやりすぎだと思うのですが…
→ たしかに・・・ちとウザい

70 最近、キレたことってあります?
→ 今まで人前でキレたこと無かったのに、最近仕事で半ギレしてしまった・・・

71 生きてて一番ムカついたことって?
→ う~ん、なんだろう
  キレてはいないけど、仕事でモメたとき

72 ストレスは発散するほう?溜めるほう?
→ 発散するように努める

73 最近癒されたことは?
→ 子供の写真

74 結婚は韓国人(朝鮮人)と日本人、どっちがいい?
→ 日本人

75 妻(夫)に暴力を振るう人をどう思う?
→ アカンね
  もっと大人にならないと

76 通称名なんて使ってないぞ!
→ 帰化するまでは使ってた

77 日韓の文化の違いを感じたことは?
→ ある

78 チマチョゴリに萌える
→ んなワケない

79 犬肉を食べたことがありますか?
→ ない

80 最近読んだ本は?
→ 「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著 文春新書

81 人生の夢があれば教えてください
→ ラジオのパーソナリティになる(ありえねぇ~)

82 夢に向かって努力してます?
→ 一応(爆)

83 朝鮮半島統一って実現するでしょうかねぇ?
→ どいういう形であれ、そのうちする

84 拉致を行う北朝鮮にむかつく
→ むかつく

85 外国人に参政権は与えるべきか?
→ 与えてはいけない

86 選挙に行ってみたいですか?
→ 帰化してから欠かさず行ってます

87 支持政党ってありますか?
→ 特にない
  去年の衆院選で比例区を民主党に入れたのを恥じてます

88 投票率の悪い日本をどう思う?
→ 悪い意味で平和
  このまま行ったら国の発展はない

89 究極の選択です。在日は帰国、帰化どっちを選択すべきか?
→ 帰国する気がないなら帰化したほうがいい

90 ここまでで時間はどれくらいかかりました?
→ 1時間

91 韓国絡みでクスっと笑えるエピソードをおひとつどうぞ
→ 妻の母が韓国ドラマにはまってた

92 金と人情、どっちをとる?
→ 人情と言いたいが・・・

93 もし生まれ変わったらどこの国の人になりたいですか?
→ 日本

94 日本の好きなところを1つ挙げてください
→ 歴史

95 日本の嫌いなところを1つ挙げてください
→ 国難に対して一つにまとまらないところ

96 日本と韓国(北朝鮮)が戦争を始めたらどうします?
→ 家族の安全を確保しつつ自分に出来ることがあればする

97 日本も韓国みたいに徴兵制にすべき?
→ 国への帰属意識を高めるという意味で、してもよいと思う

98 在日であることをカミングアウトするのは勇気がいる
→ かなりいる

99 99問目です。今までの感想をどうぞ
→ もう少し時間をかけて答えたほうがよかったかも

100 最後の質問です。日本と韓国(北朝鮮)、どちらが好きですか?
→ 日本を愛してます


以上で~す。

                                    ・・・チカレタ
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by k_milliard | 2005-02-11 03:57 | 自分のコト
2005年 01月 28日

韓国滞在記-3

で、お墓参りです。
韓国の昔のお墓は、土葬の上に盛り土をしたものです。
父は両親のお墓参りをしたいと言うので、小雪ちらつく悪天候の中、私と親類の人が左右から父を支えながら山を登りました。
山と言っても村のすぐそこで、30分ほどでお墓までたどり着きました。
村の近くにお墓があると言うよりも、お墓の傍に人が住んでいる感じ。

私からするとお爺さんとお婆さんのお墓は、それぞれ別の場所にありました。
お墓は、日本の墓地のようにズラ~ッと近接して並んでいるのではなく、ある程度離れた場所に間隔を空けて点在していました。
日本だと夫婦が同じ墓に入るのは普通ですが、韓国の古いお墓は一人につき一個。
お爺さんとお婆さんのお墓は、結構離れていました。

ふと気づくと、この盛り土のお墓が向こうの山奥に向かってずぅ~っと続いているのが分かりました。
いや、それは山と言うより、山全体がお墓と言っても過言ではないのですが、つまり私はそこでご先祖様のお墓を一望したのです。
一体、どれだけのお墓があるのか見当もつきませんが、とにかく見える限りの山奥まで全て私のご先祖様のお墓でした。
この光景に私は圧倒されました。
価値観が変わるというのはこのことで、決して私は一人で突然ポンと生まれてきたのではない、ご先祖様から延々とつながる「歴史ある命」なんだ、と一瞬にして悟りました。
なにしろ、ご先祖様との時間的なつながりが、立体的なビジュアルと共に目の前に広がってるんですから、これを見せられて何も感じないわけがない。
私の故郷は日本ですが、それを一発でこの地に引き寄せるだけの迫力があった。
もし私が韓国で生まれ育ちこの光景を見ていたとしたら、間違いなく一族の一人としての存在意義を感じ、個人としてだけではなく一族の繁栄のために生きたと思います。

しかし、日本に帰ってから冷静に考えました。
私は日本で生まれ、日本で育った。
血のつながりとしての故郷はあの村かもしれないけれど、私の故郷はやっぱり日本。
私は日本でしか生きられない。
一族の、ご先祖様とのつながりを悟ったのと同時に、これからも日本で生きていきたいと思いました。

その日の夜、村で一番の物知りという人が部屋に来てくれました。
私に、ご先祖様の話をするためです。
韓国にはそれぞれの姓の家系図をまとめた広辞苑のように分厚い本があり、この本を元に、その人が私に私達一族の話をしてくれました。
この本に記載されている一番古いご先祖様は、今の中国の内陸部に住んでいたそうで、その子孫のある人がその土地から離れ別の場所に移住したそうです。
それから何代かの後、この村に定住した人がいた、と。
その人が、云わばこの村を切り開き、今の私達につながるご先祖様である、ということでした。
最初のご先祖様から何百年経っているのか正確には分かりませんが、とにかくスケールのでかい話でした。
その本には、私の名前も記載されていました。
しかし、日本で日本人と結婚した女性の名前は記載されていませんでした。
それは、その家系図に日本人の名前は載せられないというよりも、その家族の自主的な判断で申告していないという感じでした。
ひょっとしたら、本当に、その家系図には韓国人の名前しか載せられないのかもしれませんが、定かではありません。
純血主義の強い韓国だから、あり得る話かもしれません。

韓国での滞在記は、これでひとまず終わりにします。
私が韓国語を話せたりハングルが読めたりしたら、もっといろんなことが経験できたと思います。
でもまぁ、普通の観光旅行では体験できないことばかりだったので、私の貴重な体験になりました。
もう父は他界してますし二度とあの村に行くことはないでしょう。
でも、あの村での出来事は、今でも私の大事な思い出となっています。
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by k_milliard | 2005-01-28 12:56 | 自分のコト
2005年 01月 17日

韓国滞在記-2

滞在中、私は父の親類縁者に囲まれていたわけですが、ほとんどの人はとても好意的に私を迎えてくれました。
しかし、わずかではありましたが、そうではないのかな?と思える人もいました。
と言うのも、私は韓国人でありながら日本に住む身であり、その上韓国語が丸っきり分からない。
いくら血縁者と言えども、ちょっと低くみられていたのかもしれません。
言葉が分からないから私は何を言われているのか理解できませんでしたが、「あぁ子供扱いされてるな」と感じたこともありました。
まぁ、それは言葉の通じない外国人に対する日本人の接し方と大差は無いのかもしれませんが。

旅の移動では、列車を利用することもありました。
たまたまその時は少し混雑していて、私達は客車で立つことにしました。
すると、目の前に座っていた年配の女性が、私の父を見るなり躊躇無く席を父に譲ってくれたのです。
そこは指定席だったのに、です。
父は杖をついていたということもありましたが、あの譲りっぷりの良さに驚きました。
まるで自分の父親に接するような感覚。
日本でも老人に席を譲るのはよく見る光景ではありますが、老人に対する思いやりは日本と韓国ではその質が決定的に異なるように思えました。
儒教精神の深さに触れた出来事でした。

旅の目的の一つである法事は、年末にありました。
父の兄弟が勢ぞろいし、儒教のやり方で法事は行われました。
作法は細かく決められていて私もやりましたが、何度も立ったり座ったりして、かなり複雑でした。

父には弟が二人、妹が三人いました。
朝鮮戦争も経験したというのに、これだけの数の兄弟が亡くならずに全員健在だったということに、父の家系の生命力のしぶとさに感慨深かったです。
ところで、叔父の一人がクリスチャンだったそうで、法事の最中この叔父夫妻は別室で待機していて、法事が終わってから全員で食事をしました。
韓国では日本よりもキリスト教が一般に普及しているようで、儒教の次はキリスト教ではないかと思います。

旅の後半、親類が運転する車で地方都市から4時間ほどかけて父が生まれ育ったという村に行きました。
日本海と山に囲まれた村は、戸数は数十件程度の小さな村で、大半が手作り感のある貧しそうな民家、村の中心部には中国的な小さいお堂が一つありました。
村の人々の生活は、都市部以上に女性が元気で優しかったし、男性も大らかな感じでした。
なんだか、この村だけずっと時間が止まっている様子。
いい意味で昔ながらの儒教的な生活様式が今でも息づいているんだな、と思いました。

夜はとても寒く、降るような満天の星空。
家は当然のように天然のオンドル。
オンドルと言うと韓国の代表的な習俗のようですが、もう天然のオンドルというのは都市部では見られないと思います。
日本の床暖房と同じような現代のオンドルの場合、床下にパイプが巡らされており暖かい箇所とそうでない箇所があるため、低温火傷を気にしつつ暖かいところを選んで暖を取ることになります。
ところが、これが天然だと床一面が暖かく、しかも室内もいい感じでポカポカと暖かい。
それはそれは心地の良いものです。
で、寝るときは日本のように布団をしっかり敷くのではなく、適当な場所で掛け布団というか毛布のようなものをかけて寝るわけです。
雑魚寝のような感じですね。
そういえば、私の母は今でも冬以外は雑魚寝のようにして寝るのを好みます。
どうしてだろうと昔から思っていましたが、これは天然オンドルでの生活の名残ではないかと思います。
天然オンドルの場合、床が暖かいから敷布団の必要がなく、室内も暖かいから掛け布団が適当なものでいいからです。
雑魚寝こそオンドルに相応しい寝方でしょう。
そう考えると、日本ではこの快適なオンドルが定着しなかったおかげで、畳が考え出され和式の寝床や部屋が発展したのかもしれません。
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by k_milliard | 2005-01-17 21:51 | 自分のコト