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カテゴリ:寸評( 133 )


2005年 09月 21日

現場の教師が消したい歴史

昨日は、NHKの「クローズアップ現代」とTBS・News23の「姜尚中と歩く消えた街消えた歴史」を観ました。

「クローズアップ現代」の方は、教科書の採択に関心のある私としては見逃せなかったです。
内容としては薄く、大いに不満の残る内容でしたね。
採択の問題点を挙げるのであれば、杉並区だけでなく採択の実際の現場で行われてきた妨害活動やその背後で暗躍している「何か」の存在にまで話を言及しない限り、本当のコトは見えてこないと思います。
番組では、「授業で使う教科書は現場の教師の意見を尊重すべき」という意見が何度も見受けられましたが、まずその現場の教師に思想的偏りがあったらどうするんですか。
たしかに、現場の教師の使い易さというのは採択する際に考慮すべきことの一つだけど、それが全てじゃないですから。
公立学校では、まず第一に学習指導要領に沿った教育が行われるべきだと思いますが、それに反して「君が代・日の丸を強制するな」と訴えるような教師がいる中で、現場の教師に依存し過ぎることの問題点をもっと指摘すべきでしょう。
「現在の採択システムがベストとは言えないがベターである」という意見がありましたが、たしかにそうです。
少なくとも、話し合いで協議を重ね最終的に委員の多数決で決するやり方は民主的であり、その方法なり決定を力で曲げようとしている人達がいる、そのことこそ大きく取り上げるべきです。
そういう意味で、まだまだNHK、マスコミは甘いですね。


そして、姜尚中・・・いや、News23。w
皆さん、姜さんのあのソフトな語り口に騙されてはいけませんよ。
で、このコーナーのタイトルにある「消えた街消えた歴史」ってのがそもそも印象操作でしょ。
これではまるで、日本が意図的に朝鮮人の住みかや歴史を抹殺したかのように思ってしまうじゃないですか。
戦後60年間の街の移り変わりをこんな風に言ってたら、こんな街全国にどんだけあるのかって話ですよ。
昔、炭鉱で栄えていた街とか、繊維工業で栄えていた街とか、別に朝鮮人に限らずこんな話は探せばあちこちにあるでしょう。
たしかに、そこに朝鮮人特有のエピソードはあるとは思うけど、小泉首相的に言わせてもらえれば「戦後もいろいろ、朝鮮人もいろいろ」でしょうが。

で、私が一番気になったのは、街にいた人々の半数が帰国事業で「地上の楽園」北朝鮮に帰って行った、という部分。
ここ、「時代の流れに巻き込まれた可哀想な朝鮮人」というのが根底に流れているような気がしたんですけど、ここを強調するのなら、日本が戦争に負けた直後に故郷に帰る機会があったのに、そこを「あえて」日本に留まった、つまり「自発的」に日本で暮らすことを選んだ、ということを言わないとフェアじゃないです。
だって、戦後のある期間、朝鮮人は交通費免除で半島に帰れたんですから、それで帰らなかったというのは自己責任であって、それを歴史がどうとか日本政府の責任とかいうのは違いますから。
当時なら北朝鮮も無かったんだし。
そして、残った人の中には企業の土地に住み着いた人もいた、と。
やがて土地から離れて行った人もいれば、ウトロ地区のように消えなかった街もある、と。
どうせなら、姜さん、次はウトロ地区で取材してみたらどうかな?
もちろん、ちゃんと取材して、なぜウトロ地区は残っていて何が問題なのかを明らかにしてもらいたいですね。
タイトルは、「姜尚中と歩く消えない街消せない歴史」でどうですか?
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by k_milliard | 2005-09-21 10:55 | 寸評 | Trackback(1) | Comments(18)
2005年 09月 12日

政界再編を求む

最寄駅で、バイトの兄ちゃんが英会話学校のチラシを配っていた。
急いでいたけど、もらってあげた。
こうして、いつもの朝が戻ってきた。

喧嘩上等、小泉首相の圧勝。
「郵政民営化に賛成か?反対か?」の二択で迫った小泉首相のやり方が、この自民党圧勝につながったのだろう。
負けた側がどのように負け惜しみを言おうとも、選挙の結果が国民の民意だろう。
「郵政民営化法案を通せ」と国民が選択した。

圧勝の傍ら気になったのは、自民党に対する追い風・・・その大きな要因として小泉首相への熱狂的な支持があったと思う。
小泉首相と岡田代表が同日に大阪に応援演説に来たときの模様を伝え聞くと、岡田代表が数百名の支持者に迎えられたのに対し、小泉首相は千人以上の支持者に熱狂的に迎えられたようだ。
私は実際に見てないが、少なくともマスコミはそう伝えた。
この追い風となった「熱風」は、はたして小泉首相の計算通りだったのか、それともそれ以上だったのか。
自民党が勝ったのがダメだとは思わないけど、この「熱狂的」に民主主義の怖さを感じた。

民主党が沈んだのは良かったと思う。
これで党首が変わるのはいいことだろう。
今回、私は投票所に行くまで、特に選挙区は投票用紙に書くまでかなり悩んだ。
それは、今の政界には確信をもって投票できる政党が無いのが一番大きな理由だった。
当分は無理かもしれないが、願わくば近い将来に政界再編が起こり、もっと思想的・政策的にまとまった政党が生まれたほうがいい。
消極的にではなく、積極的な投票をしたい。

さて、大阪10区。
社民党の辻元氏が当選したけど、唯一の救いは選挙区では落ちていたことくらいか。
何度見ても、あの顔を見るたびに虫唾が走る。
いい加減慣れないと精神的に良くない。

それと、大阪17区。
西村さんも選挙区ではダメだったけど、比例で救われた。
なんで選挙区でダメかな~。
原口さんや松原さんもそうだったけど、拉致事件に積極的な方は選挙区でダメでしたか。
それはつまり、拉致事件への関心が薄かった・・・ということでしょうか?
それが残念だったなぁ。


いずれにしても、今回の選挙で郵政民営化法案が可決されるのは決まったので、この結果責任だけは国民が引き受けましょう。
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by k_milliard | 2005-09-12 12:18 | 寸評 | Trackback(2) | Comments(6)
2005年 09月 07日

運動員、いろいろ

選挙戦もそろそろ終盤、誰に又どの政党に投票するのか、もう決めましたか?
私は、比例区は決めてますけど選挙区が悩ましいです。
前日まで悩むかもしれません。

さて、皆さんの地元でもそうだと思いますが、私の地元でも通勤の最寄駅で各候補・各政党が演説やビラ配りをしています。
その駅前での攻防を、各政党の運動員について見た印象だけでまとめてみます。

まずJ民党。
運動員のほとんどが若い男性で、まるで町の青年団かどこかの団体の青年部が動員されているような感じ。
動きも機敏で、一番活発な印象。

K明党は、たまたまかもしれませんが、まだ駅前では見てません。
ひょっとしたら目立たない形でJ民党の応援をしているのでしょうか?

次にM主党。
J民党よりも年齢層が少し上がり、一番ノーマルというか普通。
元気さではJ民党にも引けを取らない感じ。

そしてK産党。
明らかに年配の女性が多い。
中学校の教師みたいな公務員的雰囲気の男性の姿も。
元気はある。
ビラ配りに関しては最も要員数が多く、通勤客一人残らず配ったるという意気込み十分。

最後にS民党。
どこかの労働争議かデモやストの訴えかと間違えるような風貌の運動員ばかり。
近づいてようやくS民党の運動員と判明。
他の政党の運動員は「お願いします」って感じでビラを配ってるのに、ここだけちょっと威圧的な態度。
一応ビラはもらっといたけど。
そうそう、教科書採択の時に見た活動家もあんな感じだった。
一番印象悪い。


以上、あくまで私の地元での、しかも見た目だけの印象ですので、悪しからず。
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by k_milliard | 2005-09-07 09:52 | 寸評 | Trackback(1) | Comments(7)
2005年 09月 05日

老兵は静かに去るのみ

投票1週間前の日曜日、自宅の近くを選挙カーが何度も通りました。
走行しながらの訴えなので、政策とか細かいところまで全部を聞き取ることは出来ません。
ただ、スピーカーを通しているとはいえ、声だけでも各候補者の意気込みとか気迫は伝わってきました。

選挙カーの声だけで感じたことを言うと、J民党とK産党の候補者は新人なせいかあまり余裕が無いというか、必死な割に印象に残りにくい感じでした。
それに引き換え、M主党は連続当選しているせいか言い回しにも余裕があり、他の候補者に比べて印象に残りました。
なぜか私の地域にはM主党の選挙カーがよく来ていたので、その影響もあるでしょう。
ところが、この日一番印象に残ったのはM主党ではありませんでした。
突然、妙にハッキリと聞こえてきた演説の声・・・
声質からして、先の候補者の誰でもない・・・
私の地元の選挙区からは3人しか出馬していないのに、それ以外の誰だというか・・・と思っていると、それはS民党元党首のD氏でした。
まだ遠くだと言うのに、その突き抜けるような声が頭に刺さった。
そうか、比例区があったか。
次第に近づくD氏の声。
テレビで御馴染みのあの声は、遠くまで実によく通る。
最も近くを通り抜けた時の訴える声には、他の候補者の誰よりも迫力があった。
いや、他の追随を許さないとはこのことだろう。
D氏は比例区のみの出馬で広範囲に訴える必要があるからだろうが、選挙カーの走る速度は速く、我が市を南北に駆け抜けるように縦断し去って行った。
時間としては僅かだったが、一番インパクトがあった。
しかし、その迫力からは「これが最後の選挙」という悲壮な思いを強く感じた。
声は正直だ。
たしかに、D氏にとってこれが最後の選挙になるのは間違いないだろう。

S民党もD氏も全く支持してないけど、老兵の最後だけは看取った・・・そんな気がした。
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by k_milliard | 2005-09-05 15:26 | 寸評 | Trackback | Comments(10)
2005年 08月 30日

危険な大阪弁

その土地に馴染みのある方言は、当然ながらそこに暮らす人々の心情に入り込み易い。
私なら標準語とか他の土地の方言で訴えかけられるよりは、当たり前のように大阪弁で言われたほうがシックリくる。

さて、大阪10区、S民党から出馬のT元氏。
(公示後なので念のため政党と氏名をイニシャル表示にしておきます・・・って、こんな弱小ブログで明言したところで何の影響もないでしょうけど;)
彼女が話す言葉は・・・おそらく大阪弁の一種であろう、と推測される。
ただ、私が聞く限りでは、彼女の大阪弁のイントネーションはおかしい。
なんというか、ワザと大阪弁を強調しているような、どことなく不自然な印象が強く残る。
いわば、戦略的に大阪弁のイントネーションを強調しているフシがある。
だから、私が聞くと違和感のある彼女の演説だけど、一応「地元言葉」としての大阪弁による演説は、かなりインパクトが強いように思う。
例えば「絶滅危惧品種(=S民党)やから大事にせなアカン」と彼女が言ったような場合、冷静に聞けば論理的ではない理屈であっても、あのイントネーションで強く言われると大阪弁の周波数が合うという理由だけで「なるほど」と思ってしまう、そんな力がT元氏の言葉にはある。
「なんだか、理屈じゃなくてシンパシーを感じる」
きっと、彼女に投票する人の多くは、あの独特な話し方にヤラれてしまっているように思う。
その点だけで考えれば、T元氏は政治家向きと言えるのかもしれない。
しかし、彼女の場合、政治家というよりも活動家・煽動家といったほうが相応しいだろう。
デモ隊の先頭で、マイクや拡声器を片手に群集を煽る。
T元氏の大阪弁は、そんな状況でこそ威力を発揮するに違いない。
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by k_milliard | 2005-08-30 12:15 | 寸評 | Trackback | Comments(5)
2005年 08月 29日

政局、雑感

ここ数日の、私が感じた政局に関する話を少し。

仕事帰りに梅田の紀伊国屋に立ち寄ったのですが、入り口に入ってビックリ。
入り口の一番目立つコーナーに、辻元氏の新刊「へこたれへん。」が山積みになっていました。
ご存知の方にはお分かりでしょうが、表紙は辻元氏の笑顔がアップになっており、それがなんとも不快なんですが・・・それが何冊も置かれていました。
「うげっ!これは何かの嫌がらせか?」
と思いつつも、それを避けるようにして店の奥に入りました。
辻元氏によると衆院選の立候補は最近になるまで迷っていたらしいですが、この本の出版が公示前であることからも推測できるように、これは選挙戦を睨んで周到に考えて行われたように思います。

話は変わって、例の森元首相の握りつぶした缶ビールと固いチーズの会見。
私はネットで情報としては知っていましたが、週末のワイドショーで初めて映像として見ました。
映像で見る前でさえ「なんなんだ?この会見は?」と、可笑しくて笑っていたのに、実際に映像として見たら笑いが止まらなかったです。
久しぶりに爆笑させてもらいました。
この人、何かやるたびに嘲笑か苦笑いの対象になりがちなんですが、これは人徳とでも言うべきでしょうか?

最後に、民主党の小沢さんがテレビに出演されているのを見ました。
岡田さんと違って話しが分かり易いですねぇ。w
自由党の当時から、小沢さんと藤井さんの話は分かり易い。
そもそも、私が前回の選挙で民主党を支持したのは、自由党からの流れで小沢さんが「政権交代」と主張されていたのを間に受けていたからですが、民主党と合体したせいで自由党の良さが消えちゃったようで残念です。
今でも小沢さんの言われていることに頷ける点は多いけど、今の民主党では不安だらけで支持できないです。

あぁ、もう公示かぁ。
熱い二週間になりそうだなぁ。
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by k_milliard | 2005-08-29 09:31 | 寸評 | Trackback(2) | Comments(0)
2005年 07月 15日

極東情勢、現在進行中

「アメリカの鏡・日本」 ヘレン・ミアーズ著

当ブログの右サイド下方「ライフログ」に追加しました。
恥ずかしながらお小遣いが無くて、新版ではなく抄訳版の方を買って読みました。
抄訳版の方が二章少ないそうです。

近代史に詳しい方にとっては既知の本かもしれませんが、私は先日産経新聞で紹介されていたのをきっかけに購入しました。
これは、戦後の占領政策中にGHQ側の著者が出版したものの、当時の日本では発禁になった本です。
著者ヘレン・ミアーズがこの本で試みているのは、日本が鎖国政策を解き太平洋戦争で敗戦に至るまでの過程を客観的に分析し、全編にわたって日本の立場で考え、民主主義国家として指導的役割を果たすはずのアメリカの鏡として日本を捉えようとしていることです。
ですから、日本のことを良いことも悪いことも書いてますが、それ以上に母国アメリカのことを痛烈に批判しています。
20世紀前半の極東アジアにおける情勢の理解が深まるのはもちろんですが、現在のアメリカのスタンスも理解できると思います。
と同時に、日本が今後どのような道を歩むべきか、というトコロまで思考が及ぶと思います。

この本を憂国的・愛国的な方が読んだとしたら、「うんうん、やっぱりそうか」と、頷ける部分が多いと思います。
方や、「日本は戦前戦中にアジアの国々に悪いことをしたんだぁ~」派の方が読んだとしたら、「他の国がどうあれ、日本が悪いことをした事実に変わりは無い。」と思うかもしれません。
ま、感想は人それぞれですから。
ただ、私がこの本で思ったことの一つは、戦争に至る過程の分析もせずに負けた国の責任だけが問われ続けることが、どれだけナンセンスで無意味なことか。
その意を強くしました。
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by k_milliard | 2005-07-15 11:35 | 寸評 | Trackback | Comments(2)
2005年 07月 11日

知らぬが仏、では済まされない

まずは、当ブログとは違い、時事問題を丁寧に論じておられる、坂 眞さんの「依存症の独り言」の記事をご覧ください。

法輪功弾圧の残酷

中国がどんな国なのか、なんとなく頭では分かっているつもりでも、日本で暮らしている限り本当の姿は分からないのかもしれない。
「弾圧」「虐殺」「迫害」
いろんな表現の仕方はあるが、一つ言えることは、日本とは全く異なった現実があの国にはあるということ。
この現実を、その事実を報道しようとしないマスコミを、私は信じない。
自国の戦争体験は非難するが隣の国の弾圧は非難せずに同化を図ろうとするエセ人権市民団体を、私は信用できない。

ロンドンの同時多発テロを受け、テロを非難する側に中国がいるという、このなんたる欺瞞。

もし・・・と想像してみる。
もし、日本が中国に吸収されていたとしたら。
もし、日本が中国に占領されていたとしたら。
はたして、私たちのこの平穏な生活は保たれていたであろうか?
今日の経済発展は存在し得たであろうか?
結果的に、私たちは戦後アメリカの占領下に置かれ、良く言えば民主化され、悪く言えば見せかけの独立を果たしたに過ぎない。
いずれにしろ、私たちは非常に微妙なバランスの上で幸運にも生活を営んでいる。
悲しみを直視すると同時に、このことだけでも噛み締めておきたい。

残酷な現実を前にして無力な自分に苛立ちを覚えるが、ひとまず、抑圧に立ち向かう動きがもっと広がればとの思いが、私にこの記事を書かせている。
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by k_milliard | 2005-07-11 15:25 | 寸評 | Trackback(1) | Comments(4)
2005年 06月 10日

ヒールとしての日本

サッカーW杯予選突破を決めた8日の北朝鮮戦は観ることが出来ませんでしたが、なにはともあれ勝って良かったですね。
で、日本代表の今後の日程を確認すると、7月31日から韓国で行われる東アジア選手権に出場するではないかいな。
日本代表は何かと話題に事欠かないですね。
もちろん、話題というのはサッカーそのものじゃなくて、日本代表の試合を取り巻く環境についてです。
もしこれが中国での開催だったとしたら、今の中国なら反日行為をガッチリ統制するでしょう。
しかし、韓国の場合は、後先考えずに反日行為に突っ走る可能性が高い。
と言うのも、2002年日韓共催W杯で、韓国のサポーター(と言っていいのかな?)が対イタリア戦や対ドイツ戦の前に行った国際的にも非常識な嫌がらせが、私の頭から離れず鮮明に残っているからです。
どうやら、韓国のサポーターは、スポーツの応援でやっていいコトと悪いコトの線引きが出来ていないようで、自国チームを応援するためなら相手の嫌がることが平気で出来るようです。
だから、今回の東アジア選手権なんか、去年のアジア杯のような異様な盛り上がりを見せるかもしれません。
小泉首相がいつ靖国神社に参拝するのかにもよるだろうし、竹島のことを取り上げる奴は絶対にいるだろうなぁ。
まぁ、私の考えすぎで済めばいいのですが・・・
どうか、日本代表と関係者およびサポーターの皆様は、怪我の無いよう無事に帰国されることを祈っています。
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by k_milliard | 2005-06-10 12:49 | 寸評 | Trackback | Comments(9)
2005年 04月 26日

事故・災害のテレビ報道で思うこと

25日のJR脱線事故についてですが、多くの命が犠牲になり、あまりのことにお悔やみの言葉も見つかりません。
現段階では、まだ救助活動も続いており事故原因の特定には至っていませんが、マスコミの報道姿勢についてだけ触れたいと思います。

事故直後からテレビの報道を幾つかチェックしていましたが、特に現場にレポーターが到着して生の映像を送り実況中継するようになった頃から、報道の伝え方としてセンセーショナルな印象を強く与えようという意図を感じました。
ただ、NHKは事実をタンタンと伝えるといった感じでしたが、私が見た限りでは、安藤キャスターをメインに立てて特番で報道したフジにその傾向が強かった。
画面の隅のテロップで、事故原因が運転士の運転ミスであることを強調。
事故原因が特定されていない段階で、このような映像の作り方には疑問を持ちました。
事実を語ることと、事実を元に特定の部分だけを切り取り編集することは違うはず。
伝える側の編集する意図によって事故の伝わり方が左右されてしまいかねず、そこのところを非常に危惧しました。
それと、事故や災害の報道ではいつもこうなってしまうのが残念なのですが、救出活動の詳細を出来るだけアップで撮ろうとしたり、病院に到着した救急車から搬送されている最中の犠牲者の悲惨な姿を接近して撮ったり、また、比較的軽症だった人や亡くなった人の家族へのインタビュー。
事故を伝える側の義務感のようなモノは分かるのですが、これらの映像にはたしてどれほどの意味があるのか、必要性があるのか、首を傾げずにはいられません。
テレビの良いところは、このような事故をリアルに視聴者にお届け出来る「即時性」でしょう。
また、視聴者としても、もっと正確な情報を知りたいという欲求があり、それを満たそうとしている。
実際、的確な情報をより早く伝えること自体は悪いことではない。
それが、ややもすると、もっと悲惨な映像を観たい、もっとエグい映像を観たい、という行き過ぎた好奇心で、より刺激的な映像を求める人もいるのだろう。
そのような、報道する側と観る側の暗黙の欲求の満たし合いのような状況を、事故直後の映像からは強く感じてしまい、それが不快でした。

私がテレビ報道に求めたいのは、事実を正確に伝えるという基本、これを過度に粉飾しないことを求めたいです。
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by k_milliard | 2005-04-26 11:24 | 寸評 | Trackback(4) | Comments(8)