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2005年 04月 26日 ( 1 )


2005年 04月 26日

事故・災害のテレビ報道で思うこと

25日のJR脱線事故についてですが、多くの命が犠牲になり、あまりのことにお悔やみの言葉も見つかりません。
現段階では、まだ救助活動も続いており事故原因の特定には至っていませんが、マスコミの報道姿勢についてだけ触れたいと思います。

事故直後からテレビの報道を幾つかチェックしていましたが、特に現場にレポーターが到着して生の映像を送り実況中継するようになった頃から、報道の伝え方としてセンセーショナルな印象を強く与えようという意図を感じました。
ただ、NHKは事実をタンタンと伝えるといった感じでしたが、私が見た限りでは、安藤キャスターをメインに立てて特番で報道したフジにその傾向が強かった。
画面の隅のテロップで、事故原因が運転士の運転ミスであることを強調。
事故原因が特定されていない段階で、このような映像の作り方には疑問を持ちました。
事実を語ることと、事実を元に特定の部分だけを切り取り編集することは違うはず。
伝える側の編集する意図によって事故の伝わり方が左右されてしまいかねず、そこのところを非常に危惧しました。
それと、事故や災害の報道ではいつもこうなってしまうのが残念なのですが、救出活動の詳細を出来るだけアップで撮ろうとしたり、病院に到着した救急車から搬送されている最中の犠牲者の悲惨な姿を接近して撮ったり、また、比較的軽症だった人や亡くなった人の家族へのインタビュー。
事故を伝える側の義務感のようなモノは分かるのですが、これらの映像にはたしてどれほどの意味があるのか、必要性があるのか、首を傾げずにはいられません。
テレビの良いところは、このような事故をリアルに視聴者にお届け出来る「即時性」でしょう。
また、視聴者としても、もっと正確な情報を知りたいという欲求があり、それを満たそうとしている。
実際、的確な情報をより早く伝えること自体は悪いことではない。
それが、ややもすると、もっと悲惨な映像を観たい、もっとエグい映像を観たい、という行き過ぎた好奇心で、より刺激的な映像を求める人もいるのだろう。
そのような、報道する側と観る側の暗黙の欲求の満たし合いのような状況を、事故直後の映像からは強く感じてしまい、それが不快でした。

私がテレビ報道に求めたいのは、事実を正確に伝えるという基本、これを過度に粉飾しないことを求めたいです。
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by k_milliard | 2005-04-26 11:24 | 寸評