んなアホな!

nnaahona.exblog.jp
ブログトップ

2005年 02月 19日 ( 1 )


2005年 02月 19日

犯罪の起こりにくい町づくり

大阪府、733小学校に警備員配置へ 教職員殺傷事件で (asahi.com)
>  大阪府寝屋川市立中央小学校の教職員殺傷事件を受け、府は18日、大阪市を除く市町村の公立小学校
> 計733校に4月から警備員を配置する方針を決めた。文部科学省の危機管理マニュアルにほぼ沿って教諭
> が対応しても被害が出たことを重視し、「プロの助けが必要」と判断した。事業の実施主体となる各市町村
> に府が経費の半額を補助する形で、05年度当初予算案に7億円余を追加計上する。都道府県単位で広く
> 小学校に警備員を置くのは全国で初めて。

もう、こうなってしまうのは仕方がないのかな。
子供を学校に通わせている親からすれば、少しは安心できるのかもしれない。

私事ですが、昨年、地域の話し合いがあった際、私は防犯意識について発言し問題提起しました。
その時に感じたんですけど、どうも近所の人達は防犯意識が低くて、事件とか犯罪なんてどこか別世界の他人事のように思っているような雰囲気でした。
防犯は国防に通じるところが大いにあると思うのですが、こういうことって日ごろからどれだけ目的意識を持って予防に努めているか、ということが第一だと思うんです。
たしかに、警備員を常駐させるのは効果があるでしょうし防犯カメラの設置も今や当たり前の世の中になってきました。
それはそれでいいと思います。
備えあれば憂いなし、ですから。
まったくのノーガードで「危機意識ゼロ」よりは遥かにいいでしょう。
しかし、そういう防犯システムやグッズで問題だと思うのは、それに頼って安心してしまう人の心です。
警備員や防犯カメラが悪いと言っているのではなく、それを使う側の意識の問題です。

一番大事なのは、当事者がどれだけ危機感をもって日ごろから絶え間ぬ努力を続けているのか、だと思います。
そして、それは特定の誰かがやればいい話ではなく、全員の協力が必要なんです。
防犯の意識を持った人が多ければ多いほど、その地域は安全な町になっていくでしょう。
例えば、パトロールとまではいかなくても自主的に近所を注意して観察するだけでも違うと思うんですよ。
それを何人もの人がやるだけで、自然と犯罪の起こりにくい町になっていくはずです。
つまり、防犯とは犯罪者とどう闘うかという方法論ではなく、犯罪者を近づかせない・犯罪を未然に防ぐ町づくりのことだと思います。
どれだけセキュリティを高めたって、そこの住人なり社員や教職員の防犯意識が低ければ、その効果はあまり期待できないのではないでしょうか。

時々、地方の話として「家には鍵をかけてない」という町があるのを聞いたりします。
カナダなどは国全体としてそうらしいですね。
なぜ、そうやって鍵をかけないで生活できるかと言うと、それだけその町が安全で平安だからでしょう。
「鍵をかける必要がない。だから鍵をかけない。」
簡単な話です。
しかし、
「鍵をかけない町にしよう。そうすれば平和な町になるはず。」
という理屈をこねる人達がいるのを見かけることがあります。
極端なコトを言えば、泥棒がいるから鍵をかけるのに、鍵が無くなれば泥棒もいなくなるってか?
アホも休み休み言え。

そう主張する前に、その町がどれだけ安全か、又は危険かを正しく見極めてからモノを言われてはいかがでしょうか?。
それが出来ずに無責任なことしか言えないような人は、極寒の日本海の海水ででも頭を冷やして、その水平線の彼方にある現実を少しは感じやがれ。
[PR]

by k_milliard | 2005-02-19 04:41 | 寸評