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2005年 01月 17日 ( 1 )


2005年 01月 17日

韓国滞在記-2

滞在中、私は父の親類縁者に囲まれていたわけですが、ほとんどの人はとても好意的に私を迎えてくれました。
しかし、わずかではありましたが、そうではないのかな?と思える人もいました。
と言うのも、私は韓国人でありながら日本に住む身であり、その上韓国語が丸っきり分からない。
いくら血縁者と言えども、ちょっと低くみられていたのかもしれません。
言葉が分からないから私は何を言われているのか理解できませんでしたが、「あぁ子供扱いされてるな」と感じたこともありました。
まぁ、それは言葉の通じない外国人に対する日本人の接し方と大差は無いのかもしれませんが。

旅の移動では、列車を利用することもありました。
たまたまその時は少し混雑していて、私達は客車で立つことにしました。
すると、目の前に座っていた年配の女性が、私の父を見るなり躊躇無く席を父に譲ってくれたのです。
そこは指定席だったのに、です。
父は杖をついていたということもありましたが、あの譲りっぷりの良さに驚きました。
まるで自分の父親に接するような感覚。
日本でも老人に席を譲るのはよく見る光景ではありますが、老人に対する思いやりは日本と韓国ではその質が決定的に異なるように思えました。
儒教精神の深さに触れた出来事でした。

旅の目的の一つである法事は、年末にありました。
父の兄弟が勢ぞろいし、儒教のやり方で法事は行われました。
作法は細かく決められていて私もやりましたが、何度も立ったり座ったりして、かなり複雑でした。

父には弟が二人、妹が三人いました。
朝鮮戦争も経験したというのに、これだけの数の兄弟が亡くならずに全員健在だったということに、父の家系の生命力のしぶとさに感慨深かったです。
ところで、叔父の一人がクリスチャンだったそうで、法事の最中この叔父夫妻は別室で待機していて、法事が終わってから全員で食事をしました。
韓国では日本よりもキリスト教が一般に普及しているようで、儒教の次はキリスト教ではないかと思います。

旅の後半、親類が運転する車で地方都市から4時間ほどかけて父が生まれ育ったという村に行きました。
日本海と山に囲まれた村は、戸数は数十件程度の小さな村で、大半が手作り感のある貧しそうな民家、村の中心部には中国的な小さいお堂が一つありました。
村の人々の生活は、都市部以上に女性が元気で優しかったし、男性も大らかな感じでした。
なんだか、この村だけずっと時間が止まっている様子。
いい意味で昔ながらの儒教的な生活様式が今でも息づいているんだな、と思いました。

夜はとても寒く、降るような満天の星空。
家は当然のように天然のオンドル。
オンドルと言うと韓国の代表的な習俗のようですが、もう天然のオンドルというのは都市部では見られないと思います。
日本の床暖房と同じような現代のオンドルの場合、床下にパイプが巡らされており暖かい箇所とそうでない箇所があるため、低温火傷を気にしつつ暖かいところを選んで暖を取ることになります。
ところが、これが天然だと床一面が暖かく、しかも室内もいい感じでポカポカと暖かい。
それはそれは心地の良いものです。
で、寝るときは日本のように布団をしっかり敷くのではなく、適当な場所で掛け布団というか毛布のようなものをかけて寝るわけです。
雑魚寝のような感じですね。
そういえば、私の母は今でも冬以外は雑魚寝のようにして寝るのを好みます。
どうしてだろうと昔から思っていましたが、これは天然オンドルでの生活の名残ではないかと思います。
天然オンドルの場合、床が暖かいから敷布団の必要がなく、室内も暖かいから掛け布団が適当なものでいいからです。
雑魚寝こそオンドルに相応しい寝方でしょう。
そう考えると、日本ではこの快適なオンドルが定着しなかったおかげで、畳が考え出され和式の寝床や部屋が発展したのかもしれません。
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by k_milliard | 2005-01-17 21:51 | 自分のコト