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2004年 04月 15日 ( 1 )


2004年 04月 15日

手段を選ばない人達

テロとはなにかを私なりに考えている。

その前に、暴力に対する私の考え方を述べる必要がある。
私は、人間の暴力性の全てを否定はしない。
暴力がいけないコトなのは分かっているが、本能として誰でも持っているものだと思うし、それが人間らしさでもあると思う。
その暴力を理性でどれだけ抑えられるのか、が課題であると思う。

安易に暴力で問題を解決するのはダメだ。
しかし、暴力の中でも私が唯一認めてもよいと考えるのは、防御の場合だけである。
仮に、路上で暴漢に襲われたとしよう。
逃げれば済むのであれば逃げる。
だが、追い込まれて逃げられない状況にあるならば、これは力で対決せざるをえない。
また、その暴漢が小さな子供を襲っている場面に遭遇したとしたら?
これもまた、子供を助けるために力づくで止めなくてはいけない。

要するに、不当な暴力に対抗するために必要な暴力もある、と思う。
そのために護身用の道具などの備えが必要な場合もあろう。
これはその場の状況に応じて臨機応変に対処すべきだ。

さて、テロについてだが、テロは不当な暴力で問題を解決しようとする手段、と一応定義しておく。
従って、テロは悪い。
しかし、今のイラクのように、状況によっては心情的に同情できる場合もある。
自分の家族が突然の爆撃で死んでしまったとする。
復讐心にかられて報復活動に参加。
結果的にテロリストになってしまう。
このような場合、暴力で訴えにでるのは悪いコトではあるが、気持ちは分かる。
私だってそうするかもしれない。
一方、自分の考えと違う人や組織があったとして、それを暴力で排除しようとする人達がいる。
この人達のコトは、私には理解できない。
かつては日本でも企業テロとか赤軍、オウムなどが数々の犯罪を犯してきた。
一般人を巻き添えにするコトに、どれだけの意味があるのだろうか?
彼らの主張は、何回聞いても理解できない。

一口にテロといっても、大きくは前者と後者の2つがあるのではないか、と私は思っている。
つまり、非常手段としてテロを選ぶのか、常套手段としてテロを選ぶのか。
どちらも悪いコトではあるけれども、前者には同情してしまう。
後者の場合、最初っからテロをしようと決めていると思うし、目的のためなら手段を選ばない連中だ。

どんなに奇麗事を並べたとしても、目的のためなら最初から手段を選ばない人であれば、私は支持できない。

テロリストとまでは言わないが、手段を選ばない人達がいる。
どうか、自分達の主張と行動に矛盾がないか、自問自答して頂きたいと願う。
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by k_milliard | 2004-04-15 13:38 | 寸評 | Trackback | Comments(0)