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2004年 08月 24日

女子選手と指導者

女子マラソンでシドニーの高橋選手に続き野口選手が金メダルを獲得しました。
高橋選手の場合もそうでしたが、野口選手も指導者とスタッフに恵まれていたようです。
本人の高い資質と努力が無ければ成しえないのは言うまでもありませんが、今回の大会では女子選手の調整が上手くいったケースとそうではなかったケースが明確に表れていたと思います。

上手くいった筆頭は、この野口選手。
そうではなかったのは、バレーボール女子代表チーム。

バレーボールに関しては、フジとTBSを中心とした異様とも思えるハシャギぶりに私は閉口していました。
あれだけ不必要に盛り上げてしまっては肝心の選手が可哀相だろう、とも思っていました。
そしてこの大会では不調な試合が続き、実力以上に期待し過ぎたツケがきたんじゃないのか、マスコミに踊らされた選手が可哀相だなぁ、と。

ところが、以下の記事を目にしました。

惨敗、監督の視線宙泳ぐ 連敗で険しいメダルへの道

> 5月には一枚岩だったチームに徐々に亀裂が入った。「チームを壊しているのはあなただ」。ある選手が全員の前で柳本監督を怒鳴りあげた。しごきにも似た猛練習への批判だった。以前にも選手の総意として休日を求めて拒絶されたことがあった。波紋は広がった。

これが本当だとしたら、私はバレーボールの代表選手に対する評価を少々変えざるを得ない。
まさに、この事例が調整に上手くいった野口選手との違いなのです。

これを紐解く視点は二つあります。
一つは、選手と指導者の信頼関係。
高橋選手と野口選手の場合、選手が指導者を選び、「どこまでもついていく」とまで言わしめるほど選手の方から指導者に対して熱烈な思いがあります。
この人の言うことならどんな過酷な練習でも絶えてみせる、そんな心意気を感じさせます。
一方バレーボールですが、こちらは協会が「用意」した指導者で、選手が選んだワケではありません。
この違いは大きい。
上の記事の出来事などは、高橋選手や野口選手だったらあり得ないのではないでしょうか?
つまり、選手と指導者の信頼関係の質が元々異なっていたと思います。

少し話しがズレますが、昔の商いの世界には「滅私奉公」という考え方がありました。
この「滅私」とは、私心は二の次で奉公先に仕える、という意味だと思います。
今の時代に個人の思いを捨て企業なり公の為に尽くそうとするなら、相当の覚悟が必要なのではないでしょうか。
で、良き指導者に盲目的とも思えるほどついていく選手というのは、この「滅私」に近い感覚にあるのではないかと思います。

二つ目は、個人競技と団体競技の違いです。
マラソンは個人で走りますが、バレーボールは6人以上の選手がチームとして行動します。
複数の人間が集まれば、指導者や環境に対する不満が熟成されやすいのではないでしょうか。
厳しい練習のはけ口が仲間内だけで盛り上がる、そんな状況が生まれやすい。
ただ、団体競技でもソフトボールは上手くいったケースだと思います。
こちらの方は、選手も指導者も同性(女性)であったというのと、指導者(監督)が選手たちと年齢が近いことも影響していたのでしょう。
選手と指導者が「一丸」になっていた、いいチームだったと思います。

また余談になりますが、私が中学生のトキ、部活で先生に文句を言ったり対立していたのは女子でした。
男子にはそんな発想が無かったと言うか、文句を言う根性なんか無かったですね。

長々と書いてしまいましたが、バレーボール女子代表チームが実力を十二分に発揮してこの成績だったのなら何も思わないのですが、どうも私にはこうなる前になんとか手が打てたんじゃないだろうか、そう思えてきました。
それはマスコミの過剰な煽りというコトではなく、彼女たち自身の問題として、オリンピックに出場するというコトをどの程度真剣に考えていたのか、そういう話を彼女たちの口から聞いてみたい気持ちです。
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by k_milliard | 2004-08-24 02:21 | 寸評 | Trackback | Comments(0)
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