2004年 05月 12日

不自由という束縛

天皇制って、実によくできたシステムだと思う。

歴史の流れで紆余曲折の結果、現在の天皇制・皇室がある。
遠い将来には無くなってしまうのかもしれないけど、一度壊したらなかなか元には戻せないから、存続/廃止はよく考えて決めないといけない。
私としては、このままずっと天皇制を存続させていくほうが望ましいと思っている。
「人は平等である」という観点から言えば天皇制は平等ではないだろう。
皇室は明らかに特別な存在だから、一般国民とは一線を画している。
しかし、私はそれでもいい。
今の皇室であれば、特別な存在でも構わない。

天皇を始めとして、皇室の方々は高貴な存在とされている。
私自身の感覚としても、尊ぶべき方々だと心から思っている。
しかし、その一方で、皇室の方々を同じ人間として考えた場合、とても失礼な言い方なのは分かっていて言うが、ものすごく可哀想だと思う。

皇室での生活を自分のコトとして考えてみる。
考えてみるが、高貴な生活は想像もできないくらいに大変だと思う。
様々な制約の中で生きていくコトを義務付けられ、一生を過ごさなければならない。
軽率な行動など絶対に許されない。
私は、軽率な行動とかうっかりミスのような失敗とか、欲望のままに行動するのって、とても人間的だと思うから、そういう行動を肯定的に受け止めてしまうコトが多い。
そう考えると、皇室の方々は、とても非人間的な生活を強いられていると言える。

一般国民の立場から皇室に入られた場合、生活のギャップというか精神的ストレスは、私達の想像を越えているのかもしれない。
それこそ、当事者でなければ理解し難いと思う。
だから、今の雅子様の心境を察すると、尋常ではないような気がする。

行きたいトコに行ける自由。
やりたいコトをやれる自由。
私達は、お金さえあって、他人に迷惑をかけなければ何をやってもいい。
しかし、皇室では、私達のような自由は許されない。
だから、皇室の方々に対する私の感情は、同情と言うにはあまりにも失礼だし、どう表現していいのか分からないので正確には言えないが、一番近いのは哀れみかもしれない。

冒頭で、私は天皇制は存続させたほうがいいと言ったけど、皇室の方々のコトを思うと、複雑な気持ちになる。
だから、私は天皇制反対ではないけど、おそらく私は反対派とは別の意味で、皇室の方々の不自由という束縛からの解放という意味で、天皇制を考えていきたいと思う。

以上、甚だ失礼ではあるが、私はそう思う。
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by k_milliard | 2004-05-12 10:36 | 寸評


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