2005年 09月 03日

食卓の思い出

最近頂いたコメントで韓国の食べ物のことが話題になりましたので、食べ物に関する私の思い出を少しまとめてみました。

私の日常の食生活は、きっと皆さんとそう変わらないと思います。
朝と夜は妻が作ってくれる料理を食べ、昼は職場近くの牛丼チェーン店とかカレー屋さんに入ったり安売りの弁当なんかを食べてます。
ありふれた都市生活型「リーマン」的な食生活を送っていると思います。
ですので、普段は韓国料理を食べる機会はありません。

私が小さかった頃の我が家の夕食風景を思い出してみます。
食卓には、父の好みの料理が並んでいました。
父が一番好んだのは、サンチェという葉っぱにご飯とオカズを一緒に包んで食べるものでした。
まず、片手に広げたサンチェの上にご飯をのせます。
次に、辛い味噌をご飯に塗るようにのせ、それから肉や野菜などのオカズをのせます。
それをサンチェで上手に包み、パクッと食べる。
「こうやって食べると食あたりせぇへんのや」・・・父からは何度も聞かされました。
私も時々食べましたが、こうやって食べるとたしかに美味しいし、食欲がわかないときでもたくさん食べることが出来ます。

ちなみに、父が食事で使う食器は、いったい何十年使っているのか分からないほど愛用していた銀の食器です。
お椀と皿とサジと箸。
韓国の基本的な食事作法として、ご飯と汁物はサジを使いオカズは箸を使って食べます。

あと、ご飯とオカズを一緒にした混ぜご飯、クッパも父は好きでした。
父の夕食は、このどちらかになることが多かったです。
それと、母手製のキムチがいつも食卓にありました。
韓国料理といえばニンニクがよく使われますが、当たり前のように父は毎日ニンニクを摂っていたので、父の体臭はほとんどニンニクの匂いでした。
それが普通のことだったので、別に臭いとか思わなかったです。
それが父の匂いだと。

母も父と同じものを食べていました。
で、私はというと、子供用の別メニューになることが多かったです。
たま~に私も同じものを食べてたんですけど、これが・・・ちょっとしたトラウマになってまして・・・。
ご存知の通り韓国料理には辛いものが多く、父と母が食べるクッパなんか真っ赤だったりするワケです。
ところが、母がいい加減というか無頓着というか、大人が食べる辛さのまんま食べさせたことが何度もありました。
せっかく母が作ってくれたものだからと、口から火が出そうなのを我慢して文句も言わずに全部食べましたよ。
そのせいで私は辛いものが苦手になりました。
今でも極力味付けは薄いものを好みます。
辛いものを食べたいなと思うようになったのは、30歳を過ぎてからですね。
キムチも、小さい頃はあまり食べなかったです。
どちらかと言えば嫌いだったかな。
さすがにこれは母も心配したのか、辛さを抑えた私用のキムチを時々作ってくれました。
大人になってからですね、母が作ってくれるキムチを美味しいと思うようになったのは。
市販のキムチや焼肉店のキムチにも美味しいものもありますが、母のキムチが私には合っているようです。

あと、母のキムチ以外で好きな韓国料理が少しだけあります。
一つは、トック。
楕円形のモチッとしたトックを、肉やネギと一緒にスープにして食べます。
毎週というほどでもないですけど、これを時々食べてました。
もう一つは、鶏のスープ。
これは、ただ単に鶏の手羽先を煮込み、塩で味付けしただけのスープです。
頻度としては、こっちのほうが多かったかな。
これは作るのが簡単なので今でも自分で作ることがあります。
疲れているときにこれを食べると、不思議と元気になったような気がします。
妻に勧めると鶏臭いのが嫌だと言うので、生姜を多めに入れて煮込み、臭みを抑えるようにしてます。

それと、家の食事とは関係ないですが、時々母のところに近所の人が来て、辛い味噌をおすそ分けしていたことも思い出します。
その人は普通の日本の方でしたが、辛い味噌が好きだったんでしょう。
私も小さかったのでよく分かりませんが、当時私たちが住んでいた長屋の付近に在日韓国人の家庭は他に無かったと思うので、そこでは比較的珍しい存在だったのかもしれません。
ですが、特に私たちが差別されるようなこともなく、むしろ調味料を近所におすそ分けするくらいに仲良くやっていました。
これは、父と母の性格によるところが大きかったと思います。
両親は結婚して暫くの間、各地の現場を転々としていた経験があり、父はツルハシで土を掘り母は飯場で大量の食事を作る、そんな生活を何年もしていたので、何処に行ってもその地に順応するような能力に長けていたんだと思います。

また、ずっとそういう生活をしていたこともあり、父は大食漢の大酒飲み・・・だったらしいです。
らしいというのは、私は体調を崩して酒をひかえるようになった父しか知らないので。
父が若い頃は毎日仲間と酒を酌み交わし、一晩で焼酎の一升瓶を空けるようなことが珍しくなかったそうです。
それにまつわる武勇伝?笑い話?も数々あり、晩年に親戚が来るといつも当時の話で盛り上がっていました。


私の韓国料理の思い出というと、こんなもんでしょうか。
私が大人になってから、焼肉が韓国料理の一つのような扱いを受けているのを初めて知り、最初は嘘だろうと思ってました。
だって、貧しかった我が家で焼肉なんか滅多に食べること無かったですから。
もし焼肉が韓国料理だというのなら、それは宮廷とか両班のような一部の裕福な人達だけのものだったと思います。
その他大勢の貧しい家庭で豪勢な焼肉が食えるわけがない。
「本場の焼肉」とか言われても、とても焼肉が韓国の一般庶民の家庭料理だったとは思えません。
今でも、焼肉屋さんでカルビを食べるときなんか、「これが韓国料理ねぇ・・・」と、半信半疑だったりします。
だから焼肉屋さんでは焼肉そのものよりも、鶏のスープに親しみを感じますね。
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by k_milliard | 2005-09-03 02:14 | 自分のコト


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