んなアホな!

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2005年 08月 09日

無風

豊中市の教科書採択の現場に行ってきました。

開催時刻の1時間前から傍聴の受付が始まり、30分前に傍聴席の抽選が行われました。
この段階で集まったのは30数名。
市側としては60名までは傍聴できるように用意していたらしいですが、やや思惑外れといった感じでした。
傍聴希望者の顔ぶれを見ると、サラリーマン風の男性が約1/3、壮年の男性が約1/4、人の良さそうな年配の女性や若い女性達が1/3以上。
女性の多くは知り合いのようで、誰かが入室するたびに会釈したり挨拶したりしてました。
そして、抽選締め切り間際になり、明らかなプロ市民の男女一組が登場。
男性は、扶桑社の教科書反対のビラの束を透明のビニール袋に入れていました。
何人かの人はそのビラを手にしていたので、きっとこのプロ市民が市役所付近でビラを配布していたのでしょう。

抽選の結果、残念ながら私は会議が行われる部屋ではなくモニターがある別室になりました。
その別室では、約20名の方が会議をモニターすることになりました。

13時30分、会議開始。
会議の参加者の構成は、教育委員会側が5名。
選定委員会側が事務局席に約10名。
教育委員会側は、委員長と教育長と職務代理と委員が2名。
委員は両名とも女性で、一人は高齢な方で素性は不明。
もう一人は40代前半くらいで、発言内容から察するに、大学の法科で教鞭をとっていると思われました。

教科書の採択は第4号議案でしたが、その前の第3号議案として「子どもと教科書大阪ネット21」代表:小牧薫氏からの請願「2006年度中学校教科書採択についての請願」について討議が行われました。
内容は、要するに扶桑社の教科書だけは採択しないで欲しいというお願いと、付属として「扶桑社「新しい教科書」改訂版の誤り」と題する小冊子の提出でした。
これは法科の委員から「公平・公正な決定に反する」として即座に却下。

採択は国語から行われました。
実は、この国語が一番時間をかけて討議され、約55分かかりました。
結局、国語は三省堂「現代の国語」に決定。
次が書写で、大書(大阪書籍)「中学書写」に決定。

この段階で会議開始から1時間以上が経過してしましたが、私の周りでコックリコックリ睡魔に襲われている女性が何人もいました。
その点私は仕事で眠い会議で鍛えられていますから、例え眠くても上手く集中力を保って会議を見ていました。

次の社会(地理分野)は大書に決定。
続けて社会(地図)は帝国(帝国書院)に決定。
そして、いよいよ社会(歴史分野)です。
この時、15時5分。
さっきまで眠そうにしていた女性達も、いざ本番とばかりに目がパッチリ。
選定委員会で検討された教科書は全部で8社。
そのうち、選定委員会として特に優れていると答申されたのが3社。
上位から、大書、東書(東京書籍)、帝国の順。
つまり、この段階で扶桑社は選定から外れていました。
しかし、職務代理が「扶桑社は問い合わせが多かった」ということで特別に選定委員に評価を求めました。
事前資料の総合所見では、

歴史上の人物を多く取り上げ、歴史に対する関心を高めている。仏像や美術工芸などの文化遺産を豊富に掲載し、生徒の興味を高めるとともに、文字資料も多く用い、生徒の理解が深まるよう工夫されている。

という評価で、選定委員の発言としてもマイナス評価はありませんでした。
特に優れていると評価されたのは、様々なエピソードが豊富であること、特に古代史が詳しいこと、学び方を学ぼうとする工夫がなされていること、などが挙げられました。
しかし、上位に選定されなかったことの説明はありませんでした。
一応、私語禁止なのに、ここにきて若干ザワつく気配。
私の近くにいた年配の女性が不服そうに「ふぅぅぅぅぅん・・・」と漏らし、別の女性達は何かヒソヒソ話し合っていました。
扶桑社への良い評価など聞きたくなかったのでしょう。
それに、ちゃんと現物を読んでいたのかも怪しかったです。

さて、他の教科でもそうですが、選定の基準は、
・学習指導要領に沿っていること
・発展的学習に相応しいこと(調べ学習という表現が多用されていました)
・教師が教え易いこと
・豊中市で教える教科書として相応しいこと
等が挙げられます。
で、他の教科では、委員から鋭い指摘があり選定委員が答えに窮するという場面が何度もあったのに、この歴史分野だけはそのような討議がほとんどありませんでした。
例えば、国語だったら漢字とか読み書きの分量とか、英語だったら実践的内容や単語について討議されていました。
だから、歴史だったら近代史の分量だとか日本の歴史観に相応しいかとか、いろいろ討議できたはずなのに、そのような歴史に特化した討議は一切スルー。
もっぱら、調べ学習に対する評価に終始。
最後は、法科の委員から、世界の中の日本という観点と男女平等・女性の地位という観点から、大書が相応しいという発言で討議は終了。
これは法律の専門家らしく、得意な分野からの観点で評価したらしいです。
で、結局社会(歴史分野)は大書に決定。
時刻は15時23分。
たった20分そこそこで決まるような教科とは思えませんが、こうなってしまいました。

続けて、社会(公民分野)。
これも全8社中、選定委員から特に優れていると評価されたのは2社で、東書と大書の順。
ここでも扶桑社は外されていました。
歴史分野と同じく、選定委員から扶桑社に対する評価が述べられました。
総合所見は、

基礎・基本の学習のもとに、学び方や学ぶ学習や、作業的・体験的な学習ができるよう工夫されている。欄外・学習のまとめなどで課題学習、補充的な学習及び発展的な学習などの学習活動に配慮されている。

というものでした。
選定委員からも一応の評価がありましたが、高齢な方の委員から中学生に教えるには内容が重いのでは?という発言がありました。
そして、法科の委員は専門分野として評価した場合、扶桑社のは内容に偏りがあるように思う、という発言。
と、公民に関しては扶桑社へのマイナス評価がありました。
やがて、社会(公民分野)は東書に決定。
時刻は15時40分。

開始から2時間を越えたということで、ここで15分間の休憩。
再開後、次は数学だったのですが、周りにいた女性は全員帰ってしまいました。
別室で残っていたのは、私を含めて5名だけ。
まぁ、話題になっている歴史と公民が終わってしまえばこんなもんでしょうか。

扶桑社の教科書、とりわけ歴史分野の「新しい歴史教科書」に関する採択について私の感想を言えば、おそらく教育委員会も選定委員会も難題から逃げてしまったように思います。
実質的な調査をした調査員は、選定委員会が教科毎に各学校の校長から推薦を受けた教師を指名していたそうです。
事前に私が教育委員会に問い合わせたときの説明では、そこまで詳しく教えてくれませんでしたが・・・
なので、校長の推薦とはいえ現場の教師からの評価ですから、想像ですが、この時点である程度の思惑が働いていたのかもしれません。
また、選定委員会で討議したときも、扶桑社の排除が規定路線として決められていた可能性もあります。
もし、選定委員会の討議で扶桑社が優位だったとしたら、どこからか情報が漏れ、市教委に対する抗議活動が活発に行われていたんじゃないでしょうか。
それが今回ほとんど無音で、実際の採択でも何の混乱も起きずに終わったのは、私としは不自然だったと思います。
今回なんの騒動にもならなかったことが、逆に問題のような気がします。
しかし、採択に関しては不満の残る討議とはいえ民主的な手続きに則っているので、今はこれ以上のことは言えないと思います。

今回、実際に教科書の採択を現場で見て感じたのは、まず豊中市が事なかれ主義に支配されていること。
プロ市民やイデオロギーな団体、そして特定の宗教団体や在日外国人に対して、かなり弱い市だなと思いました。
もちろん、市議や市教委の中にはそうではない人もいると思いますが、行政側の態度としては問題を起こしたくないという姿勢を強く感じましたね。
これは、内部から変わるのを期待するよりも、やっぱり住民の意思として変えていこうと強く思わないことには何も変わらないと思います。
少なくとも、私はこんな豊中市を少しでも変えていきたいと思いました。
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by k_milliard | 2005-08-09 03:37 | 教科書採択


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