んなアホな!

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2005年 01月 28日

韓国滞在記-3

で、お墓参りです。
韓国の昔のお墓は、土葬の上に盛り土をしたものです。
父は両親のお墓参りをしたいと言うので、小雪ちらつく悪天候の中、私と親類の人が左右から父を支えながら山を登りました。
山と言っても村のすぐそこで、30分ほどでお墓までたどり着きました。
村の近くにお墓があると言うよりも、お墓の傍に人が住んでいる感じ。

私からするとお爺さんとお婆さんのお墓は、それぞれ別の場所にありました。
お墓は、日本の墓地のようにズラ~ッと近接して並んでいるのではなく、ある程度離れた場所に間隔を空けて点在していました。
日本だと夫婦が同じ墓に入るのは普通ですが、韓国の古いお墓は一人につき一個。
お爺さんとお婆さんのお墓は、結構離れていました。

ふと気づくと、この盛り土のお墓が向こうの山奥に向かってずぅ~っと続いているのが分かりました。
いや、それは山と言うより、山全体がお墓と言っても過言ではないのですが、つまり私はそこでご先祖様のお墓を一望したのです。
一体、どれだけのお墓があるのか見当もつきませんが、とにかく見える限りの山奥まで全て私のご先祖様のお墓でした。
この光景に私は圧倒されました。
価値観が変わるというのはこのことで、決して私は一人で突然ポンと生まれてきたのではない、ご先祖様から延々とつながる「歴史ある命」なんだ、と一瞬にして悟りました。
なにしろ、ご先祖様との時間的なつながりが、立体的なビジュアルと共に目の前に広がってるんですから、これを見せられて何も感じないわけがない。
私の故郷は日本ですが、それを一発でこの地に引き寄せるだけの迫力があった。
もし私が韓国で生まれ育ちこの光景を見ていたとしたら、間違いなく一族の一人としての存在意義を感じ、個人としてだけではなく一族の繁栄のために生きたと思います。

しかし、日本に帰ってから冷静に考えました。
私は日本で生まれ、日本で育った。
血のつながりとしての故郷はあの村かもしれないけれど、私の故郷はやっぱり日本。
私は日本でしか生きられない。
一族の、ご先祖様とのつながりを悟ったのと同時に、これからも日本で生きていきたいと思いました。

その日の夜、村で一番の物知りという人が部屋に来てくれました。
私に、ご先祖様の話をするためです。
韓国にはそれぞれの姓の家系図をまとめた広辞苑のように分厚い本があり、この本を元に、その人が私に私達一族の話をしてくれました。
この本に記載されている一番古いご先祖様は、今の中国の内陸部に住んでいたそうで、その子孫のある人がその土地から離れ別の場所に移住したそうです。
それから何代かの後、この村に定住した人がいた、と。
その人が、云わばこの村を切り開き、今の私達につながるご先祖様である、ということでした。
最初のご先祖様から何百年経っているのか正確には分かりませんが、とにかくスケールのでかい話でした。
その本には、私の名前も記載されていました。
しかし、日本で日本人と結婚した女性の名前は記載されていませんでした。
それは、その家系図に日本人の名前は載せられないというよりも、その家族の自主的な判断で申告していないという感じでした。
ひょっとしたら、本当に、その家系図には韓国人の名前しか載せられないのかもしれませんが、定かではありません。
純血主義の強い韓国だから、あり得る話かもしれません。

韓国での滞在記は、これでひとまず終わりにします。
私が韓国語を話せたりハングルが読めたりしたら、もっといろんなことが経験できたと思います。
でもまぁ、普通の観光旅行では体験できないことばかりだったので、私の貴重な体験になりました。
もう父は他界してますし二度とあの村に行くことはないでしょう。
でも、あの村での出来事は、今でも私の大事な思い出となっています。
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by k_milliard | 2005-01-28 12:56 | 自分のコト | Trackback(1) | Comments(7)
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Tracked from 在日2.5世の時々なblog at 2005-05-06 12:32
タイトル : 大型連休なので在日なblogを片っ端から読んでみた
ふと思い立って、在日韓国・朝鮮な人が書いたblogを片っ端から紹介してみた。内容は驚くほどバラエティーに富んでいた。在日でくくることにどれだけの意味があるかは分からない。私がそうだから知りたくなっただけだ。... more
Commented by ケイラ at 2005-01-28 15:57 x
こんにちは。
何だかいいお話ですね。
有り難うございました。
上手くは表現できないけれど「そうして今の自分に繋がっている」みたいな、、
ところで↓のチマチョゴリ 吐き気がします。何とも思っていない人でもチマチョゴリが嫌いになるって!
Commented by abusan at 2005-01-28 21:30 x
ケイラ様

>ところで↓のチマチョゴリ 吐き気がします

本当に大阪弁護士会は却って朝鮮民族貶めていますね(ー_ーメ)
そんなに日本人と朝鮮人に戦争を仕掛けたいのかと。
と言っても正体が反政府極左過激派の類だとすれば
さもありなんですが┐(´ー`)┌

ところで遅ればせながらk_milliard様

>この本に記載されている一番古いご先祖様は、今の中国の内陸部に住んでいたそうで、
>その子孫のある人がその土地から離れ別の場所に移住したそうです。

流石にそこまで先祖を辿れる日本人は滅多に居ません(^◇^;)
私の家系図も精々曽曽祖父までで、それから先は織田信長の
家来が支配する土地の縁の人間と推測するしかありません。
ちなみに曾祖父は「平民」でした。尤もその家系も私の
遠縁の者が自費出版した本で判明したものですが
(ちなみに今は亡き伯母が持っていた本であり、手元には有りません。)

しかし、考えたらk_milliard 様家の歴史って移民の歴史だったの
ですね。我が家も引っ越しを繰り返しましたが、日本列島限定です。
Commented by k_milliard at 2005-01-29 10:16
ケイラ さん、こんにちは~
もうね、チマチョゴリを見ただけで身構えてしまいますよ。
彼女たちになんかあったら、全部日本人の差別のせいにされそうで。
Commented by k_milliard at 2005-01-29 10:28
abusan さん、こんにちは~
説明をしてくれたおじさんは、日本統治時代に教育を受けた人だったから、たどたどしくもちゃんと日本語を話しておられました。
ま、それは私の父もそうだし、その時代の人はみんなそうなんですが。
しかし、私にしたら、父はよくぞ海を渡って日本に来てくれたな、と思います。
日本に出稼ぎに出て(強制なんかされてないし)、そのまま日本で働くことを選んでくれて。
やっぱり、人間って住み易いところを探して生活しようと考えると思うんですよ。
結局、朝鮮半島よりも日本列島のほうが生活し易いという現実があったと思います。
だから、いまだにたくさんの在日の人も残っているわけで。
それを「強制」だとか「酷いことをされた」とか、偏った見方だけで語られたくないですね。
Commented by abusan at 2005-01-29 23:49 x
k_milliard 様
>それを「強制」だとか「酷いことをされた」とか、偏った見方だけで
>語られたくないですね。
そうですね(^o^)
私は在日の方々の大部分は力道山的なものであったと信じたいです。
戦前の「朝鮮」、特に朝鮮北部は明らかに貧農の村が多かったですし
そこから新天地を求めて何れは「故郷に錦を」と思って故郷を離れた
「挑戦的朝鮮人」も少なからずいた事でありましょう。結果、在日「朝鮮人」
(ここでは在日韓国人をも指す)は苦労の結果、今の豊かさを獲得しました。
尤も残念ながら冷戦で故郷に錦を飾る事は叶わなかった訳ですが(--;)
(但し、ロッテの創業者の様に故郷に錦を飾った人も居ますが)

少なくとも在日一世の実情は朝日新聞に書かれていた様な世界では
無かったと私は確信します。「移民」で無ければ説明が付かない
在日(「朝鮮人」)一代記は数多いですからね。
Commented by abusan at 2005-01-29 23:55 x
追伸

王貞治(現ソフトバンクホークス監督)氏の父、王仕福氏(故人)は
何れ中国に帰ることを夢見てましたが残念ながら創業未だ為らず
日本列島にて「客死」されました。尤も移民の大部分は移民先で
一生を終えるケースが少なくない事を示すものですね。
尤もそれが本望か無念かはその人次第ですが(^◇^;)
Commented by k_milliard at 2005-01-31 12:41
abusan さん、どもども~
私の父も紆余曲折ありながらも一旗あげた方に入るかな。
やりたい事はやってきたと思うし。
私が小さい頃、何度か父が同じ一世の人と話しているのを見たことがありましたけど、穏やかなもんでしたよ。
一世の人は日本人と上手く付き合っていた人が多かったような気がします。
問題は、その次の世代以降かな。


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